第六話 召喚の儀式

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 鋼輔がブレードギア・倶利伽羅を持って現れたのは水の中だった。溺れかけて、水面へ向かう。水から這い上がると、そこは──異国の神殿だった。背後にいくつも滝が流れ、大理石の大きな垣の中に透明な水が溜まっている。鋼輔が水浸しになりながら姿を現したのは、そんな場所だった。

「なんだここは──? 俺は日ノ宮で従神と戦っていて、それで──」

 混乱する思考。目の前には見慣れない光景が広がっている。美しい意匠が施された水の神殿。金の太陽像。天蓋のついた高い天井。大理石の床に、金刺繍の紅(あか)絨毯が轢かれている。水の神殿から這い上がった鋼輔が、地に足を着くと、スニーカーが紅絨毯にずしりと沈んだ。目の前に人の気配と視線。鋼輔はブレードギア・倶利伽羅を構えた。

「神獣召喚に、失敗した──のか?」

 目の前で口を開いたのは、息が止まるほど美しい──褐色の肌、長い銀髪、赤い双眸を持った、しなやかな痩身の美少女だった。アーモンド形の綺麗な瞳を見開いて、驚きと、落胆を宿した眼差しを鋼輔に向けている。

 鋼輔は自分のおかれた情況に戸惑っていたが、目前の少女をがっかりさせてしまった事に対し、なぜだか深い申し訳なさを感じていた。

「き、君は──、」

 鋼輔の声は、突然の男の高笑いにかき消された。

「さすが出来損ないの姫巫女だな! 太陽石《ギア・ストーン》を使って何を呼び出すかと思えば──ただの小僧、まったくの民間人ではないか。大人しく俺の贄となるがよい、イシュタム」

 鋼輔は小僧呼ばわりされて憮然としたが、声の持ち主も、鋼輔とそう年の変わらない褐色肌の青年だった。長い銀髪を後ろで結わえ、引き締まった身体をエキゾチックな衣装で包んでいる。青年の背後には、数十人の神官。そして、日ノ宮を破壊した四人の従神達が並んでいる。

「貴様ら──! よくも日ノ宮を!!!」

 従神である四人は鋼輔を一瞥したが、儀式の邪魔をするのを差し控えるように黙殺した。

「兄者が正しき護龍の王なら、私も喜んで生贄となろう。だが私はまだ兄者の王の証を見ていない。王位継承式はまだ続いている。兄者はまだ王と認められていないのじゃぞ」

 イシュタムと呼ばれた少女は、身に纏った白い羽毛の毛皮をぎゅっと握り締めて、兄らしい青年を睨んでいた。

「フン。王の証なら今に見せてやるぞ愚妹よ。お前は召喚に失敗し、どうしようもないクズ巫女だということが証明されたな。護龍の姫巫女ならばトルテカの守護神を召喚できるはずだ。だが召喚されたのは得体のしれん黒装束を着た小僧である。これを笑わずにいられるか」

 青年の背後にいた神官、従神達も笑う。イシュタムは顔を紅潮させていた。鋼輔は上下学ランを着ていたので黒装束と称された。肌も露な異国の世界で、鋼輔は黒ずくめの詰襟の格好であるので、確かに得体が知れなく見えただろう。

「テオ様。異界からの生け贄の献上に続いて、王位継承の神獣召喚を。我がトルテカ王朝の守護神のいずれかの召喚であなたは護龍帝国の王と認められます。さあ、あなたの太陽石《ギア・ストーン》を使って召喚の儀式を──」

 イシュタムを嘲笑するものたちをいなして、地位の高い神官がテオに呼びかけた。テオは尊大な態度で、先ほど鋼輔が現れた召喚の水場へ足を進める。

『聞こえるか黒き太陽──トルテカ王朝の太陽神よ、我に応えて姿を示せ──』

 テオが詠唱を始める。水場に真紅のまばゆい魔法陣が広がり、風が渦巻いた。

 紅い粒子が飛び交うなか、現れたのは巨大な影ともつかない蜃気楼の巨人だった。
紅く輝く大きな槍を手にしている。水から鋼輔と同じように漆黒の巨人は姿を現し、神々しい金や銀の装飾を身につけている。太陽と裏切りを司る戦闘神だった。

「テスカベトレスカ様と、トラウィスカンパテクトウリの槍だ!!」

 神官が歓声と共に叫ぶ。同時に「おお、テオ・テスカ(我が王!)」と喝采が広がる。イシュタムだけがうつむき、悲しそうにその光景を見ていた。

「さあ、テスカベトレスカよ。俺にランスギア・トラウィスカンパテクトウリの槍を!」

 テオが叫ぶ。漆黒の巨人はゆっくりとテオに真紅の槍を手渡す。

「生贄の姫巫女・イシュタムを貫く槍を!!」

 テオと聴衆が叫ぶ。異様な空気だった。イシュタムは諦めたような表情で、祭壇に登った。鋼輔は慌ててイシュタムの細い腕を取る。

「生贄って──まさか──」

「そのまさかじゃ。兄の巫覡、テオを成巫させるための生贄が私。私は己の助けとなるトルテカの守護神の召喚に失敗してしまった。テオが王位継承の召喚を成功させた今、私には死しか残されていない」

「なんだって!? 間違って俺を呼んだのか? それに、日ノ宮はどうなったんだ!!」

「おぬしには申し訳ないことをした。おぬしの出所がわからぬゆえ戻してやることもできぬ。おぬしの故郷は、兄上が王に即位する際の生け贄、献上都市に選ばれたのじゃ。我が帝国の太陽──呪われし『イン=ティ』への。おぬしの故郷は消滅した」

 イシュタムは心底申し訳なさそうに鋼輔に頭を下げた。鋼輔は絶句した。日ノ宮が消滅した…? 日ノ宮にはもう戻れない……? 廻や明の顔が浮かんで消えた。

「最期の会話は済んだかイシュタムよ。我が槍に貫かれ、贄となり、巫力となって俺に貢献しろ。出来損ないが」

 後を見ると、テオがランスギア・トラウィスカンパテクトウリの槍を構えていた。紅い禍々しい瘴気を放っている。

「トルテカ王朝の太陽を打ち落としたとされる怒れる伝説の槍だ。空の王テオ・テスカに屠られることを誇りに思え、贄の姫巫女イシュタムよ!」

 言葉と同時に、神速で槍が放たれ、イシュタムの腹部を掠めた。

「あぐっ──」

 テオは大理石の壁に突き刺さった槍を引き抜きに、ゆっくりと双子の妹であるイシュタムの元へと歩んだ。

「神官ども。この出来損ないに贄として最大の苦痛と恥辱を与えろ。巫女の神聖を汚せ。力加減はしておいた。死ぬまで好きにしてよいぞ。その死体を、祭壇で俺が喰らってやるわ」

 テオは槍をイシュタムから引き抜くと、冷酷に笑って、祭壇の上の王座についた。
神官達がこれから始まる陵辱の宴にげひた笑いを浮かべ、傷ついてはいるが美しいイシュタムに近づき、捕らえようとする。

「やめろ──!!」

 鋼輔は考えるより先に止めに入っていた。

「私を助けると殺されるぞ……ほうっておいてくれ」

 イシュタムが消え入りそうな声で言った。

「助けて欲しくて俺を呼んだんじゃないのかよ! こんなの見てほうっておけるか!」

 鋼輔は抜刀して、イシュタムに近づく神官の手首を斬り飛ばしていた。激昂した神官が武器を持って鋼輔に襲い掛かったが、鋼輔は居合いからなる二撃目で確実に標的を捉え、神官の急所に太刀を浴びせていた。

「寄ってたかって一人の娘に──恥を知れ!!」

 鋼輔は怒っていた。置かれた情況もわけがわからない。だがわけがわからないなりに、この異国の風習は狂っていると思った。王位継承者の妹、つまり国の姫にあたるものをむごたらしく死に追いやろうとしているのだ。

 鋼輔は日ノ宮で姫巫女である廻に仕えていた。日ノ宮では廻をこんな目に遭わせるなど考えられないことだった。鋼輔はイシュタムと廻を重ねて、ひどく怒っていた。

「ほう──?」

 テオが神官を残らず切り殺した鋼輔を見て、王座から好奇心の笑みを見せた。

「わが槍の的になりたいらしいな。よろしい。俺のために用意された生贄のイシュタムをかばい立てするなら、貴様もろとも屠ってくれるわ──ムド=アランガ!《一槍必中》!」

 テオが好戦的な紅い双眸をぎらつかせて、紅い瘴気を放つ禍々しい槍を構えた。空気が紅く侵食されてゆく。収縮するエネルギーで時空が歪む。極限まで引き絞った槍を、テオは思い切りイシュタムと鋼輔に向けて投擲した。空が爆ぜ、紅く光る衝撃波を纏った槍撃が、残像を描いて放たれた。

 鋼輔はブレードギア・倶利伽羅でトラウィスカンパテクトウリの槍を受け止めると、そのまま渾身の力で振りぬいた。打撃のインパクトで火花が散る。黒龍クリカラの宿る刀身から蒼い炎が噴出し、赤い衝撃波を相殺する。相殺し切れなかった衝撃波からイシュタムをかばい、鋼輔の全身が切り裂かれ、鮮血が舞った。だが──。

「なにっ──!?」

 槍ははじかれ、大理石の床に落ちた。鋼輔は負傷したままテオのもとへと疾風のごとく駆け、クリカラの蒼炎を宿した白刃をふるう。テオは王座の横に鎮座してある漆黒の鎧と剣が立てかけてある台座から、剣を取る。宝剣、ブレードギア・テスカベトレスカを手にしたテオは、鋼輔に応戦した。

「身の程知らずが! 砕けテスカベトレスカよ! 断刃の前に──露と散れ!!」

 鋼輔とテオは王座で斬り合いを始めた。神官達が戸惑いの視線を向けている。

「戻れ、ランスギア・トラウィスカンパテクトウリの槍よ!」

 テオが隙を見て、右手に槍を召喚した。

「至近距離で屠ってくれるわ! 次はよけ切れんぞ! ムド=アランガ!《一槍必中》!」

 真紅の衝撃波が槍の周りに収縮される。テオはそのまま力任せに槍を鋼輔に放った。槍は鋼輔の腹部を深々と貫いた。テオが笑う。

「馬鹿が! 俺に楯突いて生きていたものなど、皆無ぞ!」

 テオは紅い瘴気を放つ槍で、鋼輔の身体を滅多刺しにする。鮮血が王座に飛び散った。

「やめてくれ兄者! 私が大人しく生贄になる! それでいいじゃろう!?」

 イシュタムの悲痛な叫びが鋼輔の耳に響いた。身体に血の感覚が戻ってくるかのようだった。身体が熱い。怒りだった。

「ひゃははははははは! お前は黙ってみていろ! 生贄のお前に与えるのは苦痛と絶望。お前の味方など誰一人いない中でお前を喰ってやるぞイシュタム!」

 テオが狂ったように笑う。

「そのカンに触る笑い声をなんとかしろクソ野朗!!」

 鋼輔は槍を無理やり引き抜いて、倶利伽羅から居合いを繰り出した。テオの胸部に鮮血が散る。テオは不愉快そうに鼻梁をゆがめた。

「ランスギア・トラウィスカンパテクトウリの槍よ! アルマ=トゥーラ《乱撃必殺》!」

 テオは再び槍を利き手に召喚すると、槍を何本も複製し始めた。鋼輔を串刺しにするべく、紅い瘴気を放つ禍々しいそれらを、鋼輔に向けて放った。

 鋼輔はとっさに倶利伽羅で手前の槍を払ったが、数本同時に槍を受けてしまった。身体を串刺しにされ、血飛沫が王座を染めた。鋼輔はその場に倒れ、気が遠くなる。気がつくとイシュタムの膝枕の上にいた。イシュタムは双眸に涙を浮かべている。

「私──私は──、まだおぬしの名前すらきいていない」

「──」

 鋼輔は痛みと、口の中に血が溜まって言葉を口にできなかった。

『聞こえるか癒しの白竜、我が呼び声に応えて姿を示せ──』

 イシュタムの神獣召喚だった。水場に現れたのは癒しの白竜・ククルカン。

「成功した──! 我が癒し手、ヒーリングギア・ククルカン──白き風よ、勇者を包め!!」

 イシュタムの詠唱と共に、白い風が鋼輔の身体を柔らかく包み、身体中が熱を帯びる。細胞の一つ一つが活性化され、鋼輔の傷が癒えてゆく。槍で開けられた穴はみるみるうちにふざがっていった。それを見たイシュタムの表情が安堵に満ちる。

 鋼輔は即座に立ち上がり、倶利伽羅の一撃必殺──無拍の太刀の予備動作に入った。

「無拍の太刀──!」

 振りぬかれる渾身の一太刀。倶利伽羅の蒼炎を宿した刃は、確実にテオの心臓を狙って放たれた。

「──!!!」

 テオの鮮血が血風となって飛び散る。テオは声もなくその場に倒れた。意識を失っている。神官達が画面蒼白になって叫んだ。

「なんということを!! 異国の痴れ者め!!」

 鋼輔は背後にいたイシュタムを抱えて走る。大理石で出来た、通気用の穴から飛び降りた。王宮には至る所に水脈があり、鋼輔が飛び降りたのも水の中だった。イシュタムを抱えながら、鋼輔は神殿の外の陸地に乗り出すと、追っ手の神官たちをまいて、地理もわからないまま、走った。

 あたりは夕闇に染まっていた。紫色の夜空に満天の星が輝き、美しい極彩色の花々や緑が茂っている。それがひどく能天気に見えた。鋼輔が走っているのは、水を意匠に組み込んだ豪奢な宮殿で、宮殿の外はどこまでも続く砂漠だった。

「ここはトゥラン王宮。砂漠のほうへいってはだめだ! 昼間とは打って変わって冷える。迷うぞ。ええと、名前──」

 イシュタムが、鋼輔に抱えられながら、もじもじと尋ねた。

「鋼輔、刃鋼輔だ。俺、ここの事全くわからないんだけど、イシュタムは道わかるか?」

「コウスケ。異国の名前だな。この先の道を左にいくと、王都トルテカへ続いている。王都のバザールの近くにある廃寺院に、身を隠そうと思うんだが──」

「わかった廃寺院だな。いってみるよ、道案内頼む」

「了解した、コウスケ──」

 イシュタムは鋼輔の腕の中で顔を紅くしていたが、鋼輔は走るのに必死でそれに気づいていなかった。



「追っ手をまけたみたいだな」

 二人がトルテカの廃寺院につくと、鋼輔がため息をついた。イシュタムがそのため息にびくりと身を震わせた。

「申し訳ない。私が召喚に失敗したばかりに──どうやら、鋼輔のブレードギアに宿っている黒龍に反応して鋼輔が呼ばれたらしい」

 イシュタムは申し訳なさそうに、身につけた白い羽毛の毛皮をいじくりいじくり言った。身体に密着した白い衣装は美しいイシュタムによく似合っている。

「俺は日ノ宮に戻れるのか?」

 鋼輔はイシュタムの様子を見て、不安げに尋ねた。

「それが──戻し方がわからない。ヒノミヤとは、護龍から見て異界にあたる世界。今回は事故でコウスケを召喚してしまったが、私は異界召喚が得手ではないし、献上都市に選ばれた都市は消滅してしまうのじゃ」

 イシュタムはうつむいてしゅんとした。両手が震えている。自分の兄がしたことや、召喚の失敗、追っ手のことを考えているのだろう。

「じゃあ俺は、どこに帰ればいいんだ──」

「面目ない。本当にすまないコウスケ──」

 イシュタムはますます、いたたまれない表情をしてうつむいてしまったので、鋼輔はあわてて話題を変えた。

「さっきの──継承式みたいのってなんなんだ? なんでイシュタムが生贄にならないといけないんだ? それになんで日ノ宮が献上都市?に選ばれたんだ」

 イシュタムは自分の境遇を思い出したかのように、顔色を変えた。

「トルテカでは王位継承式に、王位継承者が証として、神獣を召喚する。一族では女は生贄と決まっているのじゃ。兄者は王朝の戦闘神であるテスカベトレスカを召喚し、見事王となった」

 イシュタムは複雑な表情で続けた。

「王位継承式では、帝国の太陽に捧げる生け贄の都市を異界から剪定する。それで、太陽に関わり深いコウスケの街が選ばれたのじゃ。そして私は、兄者を成巫させるための生贄の責務から救われたいと思い、トルテカ王朝の守護神を願い、失敗してコウスケを呼んでしまったのじゃ。本当にすまない──元の世界に帰る以外の、私に出来ることならなんでもする──私にいってくれコウスケ」

 イシュタムは美しい顔をずいっと鋼輔に近づけて、鋼輔の双眸を覗き込んだ。鋼輔はどぎまぎする。

「本当になんでも──?」

「なんでもじゃ」

「…治癒の術が使えるイシュタムは、人を蘇らせることはできるのか…?」

 鋼輔が何も宿さない表情でイシュタムを見た。
   
「──それは、コウスケにとって大事な者の蘇生か?」

 鋼輔は頷くと同時に目を閉じる。廻の、死に際の穏やかな顔を思い出し、苦悩した。

「でも俺の言っていることは、廻様が選んだ生き様を否定することかも知れない。廻様は、日ノ宮の人達を守りたいと、そのためなら命を使ってもいいと願って死んだのだから…」

 イシュタムはやりきれない表情で鋼輔を見た。

「すまぬ鋼輔、死者の蘇生は、魂が戻る身体が必要だ。死後約50日以内は、死した魂は幽界に幽体として留まっている。50日以内に身体にその魂を戻すことが出来ればあるいは…。しかし、私の使う術の命の代償には、別の人間の命が必要なのじゃ」

「俺の命を使ってくれ」

 鋼輔は迷わず、即座に応えた。

「そのメグリ、とはコウスケによってよほど大事な者だったのだろうな」

「そうだ。俺の命は廻様のものだ」

 鋼輔は廻の死を思い出し、悔し涙を浮かべる。今まで状況が鋼輔に涙を許さなかったが、一息をつける時間を得て、張っていた気持ちの線が切れてしまった。

「コウスケよ、死者の蘇生は、術者の精神も左右する。本気でやらねばならんということじゃ。私も本気でメグリの命を願う。聞かせてもらえないだろうか、メグリとコウスケの話を……」

 鋼輔は自分の過去を話すことをためらったが、イシュタムを巻き込むならば伝えなければいけないと思い、続けた。

「廻様は日ノ宮の姫巫女で、俺は従者の巫覡だった。昔話をするぞ──」

   姫巫女、と聞いて同じ立場のイシュタムの手がぴくりと動く。イシュタムは、鋼輔の話の続きを待った。

 


 暁の街・日ノ宮。不動明王を守護神仏とする焔神宮寺で、鋼輔は巫覡・刃十道の息子として生まれた。十道は鋼輔が生まれた日に失踪。母親は身体が弱かったため鋼輔を産んで他界。焔神宮寺に仕えていた宮司に育てられるが、宮司は鋼輔の母に想いを寄せており、十道や鋼輔を疎ましがっていた。

「お前さえいなければ日生(ひなせ)殿も死せずに済んだものを…父親に似て粗暴な目をしておるわ」

 鋼輔を産んで死んだ母親の死を宮司は「鋼輔のせいだ」といって育てた。鋼輔は自分自身を『母を殺めてしまった悪』のように思って育つ。宮司は巫覡の稽古と称して鋼輔に暴力を振るった。体面を気にするため、見えない箇所にだけ怪我を負わせ、鋼輔は父・十道が母に渡したという、形見の安産祈願のお守りを握りしめて虐待に耐えていた。

 ある日、日ノ宮の姫君である廻(めぐり)が焔神宮寺へ訪れる。

「夢に不動明王様が出てきて悲しそうな顔をしていたの。不動明王を奉っている焔神宮寺に訪れて、不動明王様を慰めたかったんだ」

 廻は父である日ノ帝にそういい、不動明王像にお参りをしに、焔神宮寺にやってきたのだった。そこに元気のない巫覡見習いの鋼輔がいたので、鋼輔を元気にしたくて、廻は鋼輔に話しかけた。鋼輔は応えなかった。鋼輔は人の目を見て話すことができず、人の悪意というものに怯えていた。それを見た日ノ帝が、宮司に言った。

「この子は、巫病にかかってはいないかね? もしそうならば、早く近衛長の御子神に診せて、しかるべき修行に入った方がよい。巫病は心を蝕む。この子が最も恐れるものが幻や幻聴となって襲い、心を鬼に乗っ取られてしまう。さぞ辛かろう。どれ、私が御子神をここに手配いたそう──」

 日ノ帝は、鋼輔が怯えないように、優しく頭をなでた。従者に御子神と呼ばれる近衛長を呼ぼうとしたが、宮司がそれを遮った。

「いいえ、違いますよ。この子は生来暗い性格で、巫病などにかかる優秀な巫覡でもありません。それに巫病には心得がありますので、私から教育しておきますゆえ──」

 日ノ帝は心配して、鋼輔に話しかけた。

「ここには、娘の廻を時々連れて来ようと思う。廻も焔神宮寺の不動明王が気に入ったようだしね。君がよかったら、廻の友達になってくれないか?」

「友達──?」

 暗かった鋼輔の瞳に光が宿った。日ノ帝が微笑む。お参りを終えた廻がやってくると、日ノ帝の後ろに隠れて、もじもじしている。先ほど鋼輔に話しかけても応えてもらえなかったので、嫌われていると思ったらしい。

「鋼輔、愛想をよくしないか。姫君の廻様だぞ」

 宮司が鋼輔の頭を小突くと、鋼輔が怯えたように名前を言ってお辞儀する。廻が握手を求めても、直立不動でじっとしている。執拗に袴の袖の下を気にして、裾を手で隠すように引っ張っていた。廻はそれを見るなり、境内に鋼輔を連れ出した。

「鋼輔君、ここにいたくないのね。廻のうちへくる? お父様はとっても優しいんだよ」

 境内の鯉のいる池の前で、廻は鋼輔の手を取って、袖の下のあざを優しく撫でた。

「呼んでいたのは、鋼輔君だったんだね」

 廻は、鋼輔のあざを見て、ぽろぽろと涙をこぼした。廻は巫女見習いが使える治癒の力で、鋼輔のあざを治した。暖かい光が鋼輔の身体を包む。それを黙って観ていた鋼輔だったが、傷が癒えるにつれて、鋼輔も廻に続いて泣きだしてしまった。

「……俺が悪いからこういう目に遭うんだ」

 廻と境内に並んで座っていた鋼輔が、ぽつりと言った。そして、本殿の鎮守社を指さした。

「あそこには、悪しき者を浄化する、不動明王様の倶利伽羅剣がある」

「鋼輔君。鋼輔君は悪くないよ、優しいよ」

「……」

「鋼輔君、私、明日またくるね、またね」

 廻は、鋼輔が黙ってしまったので、また来るね、といって父である日ノ帝の元へ戻った。

 そして廻は、鋼輔に会いに焔神宮寺によく足を運ぶようになった。鋼輔は時折なにかに怯える仕草を見せるものの、廻の問いかけには静かな口調で優しく応えた。廻は鋼輔の静かな話し方が好きだと思った。ある日、廻が焔神宮寺の鎮守社の扉が開いていたので中を見ると、鋼輔が、身の丈ほどもある大刀を抜いて、一点を見つめていた。

「幻と声が止まないんだ。放っておいたら俺は廻様にもなにをするかわからない。悪いものを浄化するっていう倶利伽羅剣に、悪い部分を取り除いて貰うんだ」

 鋼輔がそういって、不動明王の倶利伽羅剣で自害しようとしたときに、廻は走って止めに入った。

「鋼輔君はなんにも悪くないよ! 鋼輔君のことは廻が絶対に守るから。不動明王様は鋼輔君を助けて欲しくて私を呼んだんだもん!」

 廻は泣きじゃくる鋼輔をなだめて、倶利伽羅剣を元の場所に鎮座させた。

「鋼輔君をいじめるのはやめて!」

 廻はそういうと、鋼輔につらく当たる宮司のもとでくってかかった。

「いじめではありませんよ姫様。これはしつけです」

「へりくつを言わないで! 鋼輔君はとっても辛いんだよ!! 鋼輔君の気持ちも考えてあげてよ!」

 廻は子供だったため相手にされず、それどころか、宮司は廻にも暴行を行い、見えない場所にあざを作った。鋼輔はその際、廻を庇っていつもよりさらに殴られてしまった。廻は、宮司につけられたあざの痛みをかみしめて、これに何年も耐えてきた鋼輔の心を思い、近衛衆の長である御子神のもとへ走った。

 廻は御子神に事情を話し、周りの者は半信半疑だったが、廻の目を見て廻を信じた御子神は、宮司を焔神宮寺から追い出す。御子神は焔神宮寺で鋼輔の話を聞くと、険しい顔をした。

「重度の巫病だな。虐待と、宮司の暴言からくる自己否定の念で脳が変質して、巫覡としてはこんなに早くに発症したのだろう。つらかっただろう。父の形見のお守りだけを支えによく耐えた。母の日生や、父の十道が生きていれば、このようなことにはならなかったものを……」

 御子神は、初老の体躯のいい巫覡で、巫覡達の精神のサポートをする医者でもあった。御子神は鋼輔を黙って抱きしめる。

「ねえ御子神さん、巫病ってなに?」

「巫病は巫者が罹る精神の病です。鋼輔の場合、宮司の悪意──、人間の悪意をひどく恐れていた。鋼輔の存在の否定、死を願う声が始終耳につきまとい、自分の死を願う物の怪が視界に居続け自死を迫る、という辛いものだったようです。それを思えば、幻や声にそそのかされて人に危害も加えず、一人でよく耐えていたものだ。だが、大丈夫。巫病は巫覡の修行と、陰徳を積むことによって緩和していきます」

 御子神が、廻を安心させるように言った。

「通常、巫病は扱う能力の悪用を防ぐために、能力に関わり深い症状が現れます。鋼輔の場合、悪意(悪霊、邪気)から人を守る能力なのでしょう、自らが悪意で苦しむ巫病に罹ったことで、悪意に苦しむ人間の気持ちに寄り添い、救うことが出来る。鋼輔が今まで幻で見てきた苦しみが、同じ苦しみの中にいる人間を救う一助になるでしょう」

 鋼輔は、御子神が処方した精神を安定させるための薬茶を飲んで、布団の上で静かに眠っていた。目を覚ました鋼輔は、廻を見て言った。

「廻様、ありがとうございます。廻様の持っている力のせいかもしれないけど、俺に自死を迫る声や幻の中で、俺の存在を否定しないで助けようとしてくれたのは、廻様だけでした。俺にとって日の光のようでした。俺も廻様のように、絶望や苦しみの中にいる人間の気持ちに寄り添い、救うことの出来る人間になりたいです」

 廻りはにっこり笑って、双眸から涙を流す鋼輔の手を握った。

   それからは、近衛長の御子神が鋼輔の後見人になり、御子神と廻と鋼輔との穏やかな暮らしが続く。鋼輔は10歳に満たない年齢で極度の人間不信と、重い巫病を煩い、人の悪意を過剰に恐れるようになり、心に壁を作ってしまいがちだったが、廻と御子神には心を開いていた。

 鋼輔は御子神との修行で巫病を克服し、【炎浄陣】という、『人の悪意を蒼炎で浄化し邪な者へ力を跳ね返す結界陣の術』を習得する。だが扱いが難しいため、成巫する(巫覡として一人前になる)まで御子神に技の使用を禁じられた。鋼輔は幼い頃に恐れていた人の悪意から大事な人を守れる能力を手に入れたので、その力が問題なく使えるように巫覡の修行に励んだ。

 数年後、鋼輔は廻の護衛をする巫覡見習いになるが、昔焔神宮寺を追い出され、以降ろくでもない目にばかり遭ってきたという宮司が、廻と鋼輔に逆恨みの復讐に来た。

「なぜお前が巫覡になって、俺がおちぶれているんだ!!」

 鋼輔と斬り合いになり、力で鋼輔に及ばなかった宮司が廻を刺そうとしたので、鋼輔は廻を庇い、使用を禁じていた『炎浄陣』を使って、宮司の悪意を結界陣で跳ね返し、廻を守る。

「二度と焔神宮寺に姿を現すな、次、廻様を狙ったら容赦しない」

 鋼輔はそういって、宮司と決別した。



「俺にとって、廻様は恩人なんだ。宮司と暴力しかない俺の世界の中で、初めて存在を認めてくれた。恩返しがしたくて、廻様に仕える近衛衆に所属して、巫覡見習になった。あの夏祭りの日、俺は廻様を守れなかった。俺の命は、俺の命を救ってくれた廻様のためにあったのに──」

 鋼輔はイシュタムの前で、ぼろぼろと涙をこぼしていた。イシュタムは、初めて助けられた異性の涙に戸惑いながらも、鋼輔の涙を細い指でぬぐった。

「話してくれてありがとう、コウスケ。メグリとは、気性の優しい女子だったんじゃな。そのような存在を失えば、さぞ辛いことだと思う。私は、メグリを蘇生させるために全力を尽くそう。じゃが……」

 イシュタムが表情を曇らせた。

「きっと、メグリにとっても、コウスケは大事な存在なのだろう。そのコウスケの命と引き替えに、メグリは生き返っても、コウスケのいない世界を悲しむのではないだろうか──私はそのことが気がかりじゃ」

「廻様は、日ノ宮の民に慕われている。それにもう一人の幼なじみの明もいる。廻様はひとりじゃない。俺がいなくなっても、俺は廻様に生きて、日ノ宮の人達と、穏やかな日々の中で笑っていて欲しいんだ」

「……」

 イシュタムは、鋼輔の強い思いに黙ってしまった。王と言われる自分の兄は、他の誰か、民や自分にそのような幸せを願ったことがあるだろうか。命がけで自分を助けてくれた鋼輔のまっすぐな涙と思いは、イシュタムの胸を打った。

「全力を尽くそう、コウスケ。私も廻を生き返らせるのに協力する」

 イシュタムが、偽りのない真摯な瞳に鋼輔を映した。

「──ありがとう、イシュタム。俺は、俺のために力を尽くしてくれるイシュタムのことを、全力で守るよ。俺が廻様に命を捧げるまでは、それまでは、イシュタムのために戦う巫覡になる」

 生贄として生まれ、存在を否定されて育ったイシュタム。イシュタムは初めてかけられる暖かい言葉に、頬が赤くなるのを感じた。

「私のために戦ってくれるというのか? 私がこの世界にコウスケを呼んでしまったのに?」

 イシュタムは涙ぐんだ。

「立場は違っても、イシュタムのこの国の姫巫女なんだろ? だったら俺が廻様に望むように、イシュタムにも穏やかな日々の中で笑っていて欲しい。それにテオとの戦いで、イシュタムには助けられたしな。ありがとう。あの癒しの白龍、ヒーリングギア・ククルカンだったか? 凄いじゃないか。召喚に成功してよかったな」

「あのときはコウスケを助けようと必死になっていたから召喚できたんだと思う。ありがとうコウスケ。護龍の者は、誰も私に関心がなかった……生贄が姫の責務だといって──この世界で味方になってくれるのはコウスケだけじゃ」

 イシュタムは大粒の涙をこぼした。

「わかるよ。廻様が現れるまでの俺もそうだったから。誰も味方になってくれる人もいなくて、俺の存在を否定し、自刃を迫る幻と声──、イシュタムにとっては、君に生贄を迫る環境が現実だったんだから、俺よりも辛いと思う。そんな中で、一人でよく頑張ったよ」

 鋼輔は学ランのすそでイシュタムの涙をぬぐい、背を優しく叩いた。ブレードギア・倶利伽羅に宿る黒龍クリカラも、倶利伽羅から出てきて、慰めるようにイシュタムの周りを巡った。

「なんじゃ、コウスケの龍か? 黒龍とは珍しい──」

「クリカラっていうんだ。ブレードギア・倶利伽羅に宿っている龍だよ。日ノ宮では、龍は人の心を守護していて、人の苦しみや悲しみを吸って大きくなるとされているんだ。イシュタムの苦しみや悲しみを吸って、イシュタムの心を楽にしたくて出てきたのか?」

 イシュタムは辺りを巡るクリカラを見た。姫巫女だけに、クリカラが見えるらしい。イシュタムはクリカラを華奢な指で撫でる。クリカラはされるがままになって喜んでいた。クリカラは大きい龍だった。イシュタムは、これは鋼輔の苦しみや悲しみを吸って大きくなった龍なのだろうかと思い、少し切なくなった。

「ふふ、人懐こい龍じゃの。コウスケやクリカラは優しいな。兄者も、コウスケや、メグリや、クリカラのようだったらいいのに。コウスケ、この国は少し変わっていてな? 王位継承者を除けば、護龍で最も力のある者が王の資格を得る。だから王都のコロシアムでは、王政に不満を持つ者も含めて、兄者に挑むものがあとを絶たない。挑戦者と兄者が戦うことになるのじゃが、コウスケが兄者に勝てば、国のしきたりを変えることができるかもしれぬ」

「俺さっき、テオを気絶させたんだけど……」

 イシュタムは力なく微笑んだ。

「先ほどの兄者は神獣召喚で消耗していた。普段はもっと強いのじゃ。古の黒騎士として呪鎧トナティウを纏い、魔剣のブレードギア・テスカベトレスカを持った兄者に勝てるものはそういない。それに先ほどは兄者の慢心もあった。真剣勝負なら兄者に勝つのは難しいかも知れぬ。──見たほうが早いな」

 イシュタムは「生贄として育てられた自分を民衆は知らない」と話し、王都トルテカのコロシアムまで顔も隠さずに鋼輔を案内した。誰もイシュタムを咎めない。本当に、イシュタムを王都の姫巫女だと知っているのは鋼輔とトゥラン王宮の人間のみのようだった。

 鋼輔は王都トルテカを歩いた。遺跡を思わせる岩壁から滝が流れ、砂漠から風に乗って黄砂が流れてくる。露店が開かれ、行き交う人々は褐色の肌をしており異国情緒に溢れる、エキゾチックな雰囲気の街だった。

 イシュタムは都市中央にある大きな螺旋階段に鋼輔を案内した。人々はその階段を下りる。鋼輔とイシュタムもそれにならい階段を下りた。長い階段だった。四方には滝が流れ、地上より遙かに涼しい。肌寒いくらいで、海底洞窟のようだった。地下から歓声が聞こえてくる。そこは巨大なコロシアムだった。

 ゴゴォォン…… ゴゴォオン……

 コロシアムの開幕を告げる鐘が鳴り響く。漆黒の呪鎧を纏った騎士と、屈強な体躯をした戦士が戦っている。観客は熱狂し、仕合いを観戦している。王都の戦士である挑戦者と空皇帝(テオ・テスカ)による戦闘が行われていた。重装備に身を包んだ屈強な容姿の戦士、全身を漆黒の呪鎧で包んだスマートな鎧騎士が剣戟による戦闘を繰り広げている。今のところ力の差は見られない。

「黒い呪鎧騎士ほうがテオか?」

 鋼輔が隣にいるイシュタムに訊く。

「そう。黒い呪鎧騎士が兄者だ。コウスケにやられて、もう目覚めたとは……兄者はタフじゃの」

 場内が沸いた。漆黒の呪鎧騎士が迅速な動きで、重装備の戦士の武器を剣戟で跳ね上げた。吹き飛んだ武器は場外の海底へ沈んでいく。海底で、巨大な祭壇と無数の人骨、肉食魚が揺らめいているのが見えた。武器を失った戦士は顔に焦りの色を浮かべている。漆黒の呪鎧騎士は躊躇うことなく、流麗な太刀捌きで戦士の首を撥ねる。周囲に血の雨が降り、漆黒の呪鎧騎士は盛大に返り血を浴びた。次の一太刀で戦士の身体を祭壇にある海底に沈める。漆黒の呪鎧騎士は弔いのつもりか、剣を独特な様式で構えると、敬礼した。

「容赦ないな。この仕合は死人が出るのか?」

 鋼輔が血なまぐさい光景から目をそらさずにイシュタムに聞いた。

「空皇帝(テオ・テスカ)に負けたものが海底の祭壇に落とされる。仮にも一国の主に剣を向けるのじゃ。負ければ反逆罪として処刑。この仕合で出る死体を、王都トルテカでは、呪われし太陽《イン=ティ》に捧げている」

「呪われし太陽《イン=ティ》?」

「護龍の太陽には生け贄がいる──生け贄がいなければ太陽はけして昇らず、夜明けもこない。呪われし太陽を信仰するトルテカでは、空の王・テオテスカが太陽に生け贄を捧げるのじゃ。一つ目の太陽が不信心により落ち地上を滅ぼしてから、太古のトルテカの王が巫力で第二の太陽を召喚したのじゃが、召喚された太陽は呪われていた。太陽の恩恵と引き替えに、毎日人間一人の命という供物を求める──無数の生け贄の血で呪いが浄化されるまで」

 イシュタムは悲痛な表情で、暗い空を仰ぐ。

「な、なんだそりゃ。俺のいた街の太陽は無償だったぞ。一体どうなってるんだ、この世界は──」

 鋼輔はまだ姿の見えない呪われし太陽《イン=ティ》に対して薄気味悪さを感じながらイシュタムを見返したが、先ほどの仕合を思い返して逡巡した。今の戦いからでは深紅の呪鎧騎士の本当の実力がわからない。相手に合わせて戦っているようにも見えたからだ。獰猛な重装備の戦士をいなしながらの戦い方に見えた。そのときだった。

「本日は、我が王朝に反逆する古代人(エンシェント・リム)を守護する、古代巨像(エンシェント・メリガス)の一柱の処刑を行う」

漆黒の呪鎧を身に纏ったまま、空皇帝が高らかに謳った。

「古代巨像(エンシェント・メリガス)じゃと──!?」

 鋼輔と話をしていたイシュタムが声を荒げた。古代巨像(エンシェント・メリガス)とは、命を持った巨大な石像だ。護龍の王都をはじめ、五大都市のいずれにも属さない古代の森に住む人々・古代人(エンシェント・リム)の守り神で、寄る辺ない人々の精神の拠り所として信仰されている。空皇帝(テオ・テスカ)のいる場内に巨像(メリガス)は運び込まれ、空皇帝を威嚇した。

「我が王朝は、反逆者を許さぬ。我が太陽を信仰せず、生贄の責務も果たさず、生きた巨像などに心を寄せる民は、反逆者である。よって反逆者どもの信仰を集めるこの巨像(メリガス)をこの場で処刑する。護龍の民よ、反逆者に与する者の末路を見届けるがよい」

 空皇帝(テオ・テスカ)がそういうと、観客が沸いた。

「おもしろくなってきたぞ」

 観客達は口笛を鳴らす。巨像(メリガス)は当然先ほどの重装備の戦士とは比較にならないほど強い。巨大な体躯をした命を持った石の塊である。空皇帝(テオ・テスカ)はブレードギア・テスカベトレスカを抜くと、巨像(メリガス)に構える。隙のない構えだった。

 巨像(メリガス)は暴れ、石の拳を場内に叩き付けて粉砕する。空皇帝(テオ・テスカ)はよどみない動きでそれを躱した。

「おおおおおおおおおおおおおッ!」

 腹に響くような咆哮は漆黒の呪鎧騎士・空皇帝(テオ・テスカ)によるもので、大振りの一太刀を巨像(メリガス)に浴びせていた。大剣の遠心力ですさまじい威力を持った真空の一閃は、赤い斬撃のインパクトと共に巨像(メリガス)の身体ににヒビを入れた。一撃目のヒビから力づくで巨像の身体をを粉砕。命を持つ巨大な石像を一撃で、バターの塊かのように、なめらかな断面で一刀両断し、場内に石の欠片が飛び散った。

 ズシン、という音を立て、巨像(メリガス)の骸が場内に倒れる。空皇帝は巨像(メリガス)の骸を海底の祭壇へ蹴落とし、高らかに謳った。

「我が屠りし、呪われし太陽《イン=ティ》に捧げし贄どもよ、太陽の加護となり王都トルテカを照らせ!!!」

『照らせ! 太陽の加護を!!』

 観客が沸いた。空皇帝(テオ・テスカ)はあの独特な構えで一礼する。屠った戦士の血液と巨像(メリガス)の無念を浴びた恐ろしい姿のまま、マントをなびかせて闘技場の奥へと戻っていった。

 観客は次々、螺旋階段を上っていく。仕合は終わりらしい。仕合の場内は血で汚れている。巨大な巨像(メリガス)を一撃で屠る。あれがこの王都を支配する空皇帝(テオ・テスカ)の力なのだ。

「強いじゃろう。古(いにしえ)の黒騎士に扮した兄者。空の王、空皇帝(テオ・テスカ)は」

「……同じだ」

「なんじゃ?」

「テオは俺の無拍ノ太刀と全く同じ、真空の一閃を放っていた──」

 鋼輔はそういって戦慄した。トゥラン王宮で剣を交えたときは気づかなかったが、コロシアムの真剣勝負の際に、テオは自分と全く同じ剣を振るっていた。傲慢で不遜に見えても、剣に関しては生来真摯に取り組んできたのであろう。そうでなければ身につかない技だ。イシュタムは、テオの剣を見て狼狽する鋼輔に澄んだ瞳を向ける。

「コウスケ、王都トルテカのコロシアムにはこのような伝承がある。『黒き髪、白き肌の暁の剣士が王に挑みしとき、呪われし太陽はその力をひそめ、空には暁の太陽がのぼり、護龍の繁栄が約束されるであろう』とな」

 イシュタムは鋼輔を見て、続けた。

「黒き髪、白き肌の剣士とは、まるでコウスケのようじゃろう? 私はコウスケが王都トルテカに伝わる暁の剣士であることと、護龍を呪われし太陽から救ってくれると信じているぞ。その証拠に、生贄になるはずだった私を、剣をもって兄者から助けてくれたではないか」

 鋼輔はイシュタムが向けてくる強い感謝と信頼に狼狽したが、その真摯な感情に応えるべく言葉を続けた。

「……俺まだこの世界のこととかよくわかってないけど……。やるよ──テオともう一度戦う。イシュタムがこの世界で笑って生きられるように」

「──コウスケ! ありがとう」

 イシュタムは涙ぐんで、鋼輔の手に優しく触れる。鋼輔は護龍の姫巫女イシュタムを生贄の責務から救うために、護龍を統べる空皇帝(テオ・テスカ)に自分の剣で戦いを挑むと固く決意した。

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