「アイツは音楽の天才だったが、狂人だ」
強面で巨漢の店長が、店に流れるヘルハウンドの曲を聴きながら、ポツリと言った。
イングウェイは半年前、自分のバンドのメンバーを スタジオでの練習の最中、一人残らず殺した。動機は不明。イングウェイは死刑になった。
それを知った時、僕は一晩中泣いた。
「この街の人間は結局、どこに行ってもダメなんだな」
店長が呟くのを聞いて、僕は言った。
「でも、僕のヒーローはイングウェイだ。僕はイングウェイみたいになりたい」
やめとけボーズと、店長に鼻で笑われた。けどイングウェイが人殺しだって知っても、僕の気持ちは揺るがなかった。
メンバーが全員死んだ狂気のバンド』HELL HOUND』。 世界中で未だなお、カルト的な人気を誇っている。イングウェイの狂ったサウンドを愛する野郎共は、このショッキングな事件を狂喜した。『いつかやると思ってたんだよ』って。
「おいボーズ、今月の給料だ」
帰り際、店長に今月の稼ぎを渡された。これっぽっちか。スケッチブックを三冊買ったらなくなる額だった。けど文句を言って、もらえないよりはましだ。
僕は駆け足でブーツを鳴らしながら、帰り道、つぶれかけの画材屋に寄って、スケッチブック1冊とクロッキーを一本買った。
僕は絵を描くのが好きだ。大人になったら、イングウェイのバンドのレコードジャケットをデザインをする人になりたかった。
だってヘルハウンドのレコードの裏面には、いつもイングウェイが描いたへたくそな殺人ウサギがいるから、僕がイングウェイの代わりに描いてあげようと思ったんだ。
でもその夢は、バンドメンバーの死と一緒に、なくなってしまった。裏通りを歩きながら、僕は小さくため息をついた。なんとなく、足下に転がっていた小石を蹴飛ばした。
「いてえなチビ!!」
なんとその小石は、前方を歩いていたパンクスの後頭部に直撃した。
「パンクスなら、小石くらいよけてみせろよ」
そこで謝っておけばいいものを、僕は思わずよく分からない憎まれ口を叩いてしまった。
「なんだとコラ!!金出せオラ!!」
なんのひねりもないセリフを吐き出す男に、僕は数発殴られた上に、頭を踏んづけられた。ちくしょう、度胸も腕力もないくせに、なんであんなこと言っちゃったんだ僕は。
「舐めた口利きやがってこのガキ。こいつ売って金にするか」
パンクスがさっき買ったスケッチブックとクロッキーを、僕から剥ぎ取って言った。
「かえせよ!」
僕は頭を踏まれながら抗議した。 そいつは僕の様子を鼻で笑うと、スケッチブックをビリビリに破いて僕の頭に浴びせてきた。
「ほらよ。返したぜ」
パンクスは僕に向かって皮肉たっぷりにそう言うと、裏路地の奥に姿を消した。
「……」
僕の周りに、もとはスケッチブックだった紙くずが散乱している。
妙にやるせない気分になって、僕は落ちたクロッキーだけ拾うと、家まで、ただがむしゃらに走った。腐食したコンクリに映り込む、街頭が照らし出してできる僕の影は、巨人みたいに大きかった。
早く大人になりたい。
僕がこの影みたいに大きかったら、さっきのパンクスだって、踏まれる前にぶちのめしてやれたのに。そしてこの酷い街を出て自由に生きるんだ。憧れのイングウェイみたいに。
僕は、考えても仕方ないことを頭に巡らせながら、走っていた。考えれば考えるほど、僕は行動も、頭の中も、どうしようもなく子供だと実感して、余計に空しくなってしまう。
青白い月がブルータルシティの不気味な夜景を、静かに照らしている。月までこの街の毒素にあてられて、青ざめてるみたいだ。





