第7話 ダイアル1800

 ジェイルはフルメタルジャケットで報告書を書いていた。

 浅黒い肌にサングラス、独特に刈り上げた頭、黒いシャツとサスペンダーにスラックスというラフな格好をしている。

 私立探偵、武装タクシーの運転手、情報屋をしており、すべてにおいてケチだが、ことに情報の売買にかけては法外な金額を要求する人物だった。

「眠い……」

 ジェイルはナルコレプシー症で気づくとどこでも寝てしまう。

 私立探偵という仕事の間だけでも寝ないように気をつけているのだが気を抜くとついうとうとしてしまうのだった。

「おまえがジェイルだな?」

 グレアムはジェイルに話しかけた。上司キンバリーの知り合いの探偵とのことだが、口を利くのはこれが初めてだった。というのも、ジェイルは普段変装していて、私服姿でうろついているのは今日が初めてだったからだ。

「おっ、キンバリーの部下のグレアムか。通信以外で話すのは初めてだな。はるばるこんな監獄くんだりまでご苦労なこった。俺に話しかけてきたってことは情報が必要なのか。どんな情報でもいいぜ。金は前払いでキンバリーからたんまり頂いているからな」

 ジェイルはそういうと、飲んでいた酒を飲み干し、追加の酒を注文した。

「単刀直入にいうと、この街の真相が知りたいんだ。僕は今メサイア――生体兵器の少女と行動を共にしている。この街がメアリからエネルギーを採取する装置だということは知っているが、それをしている勢力の目的などが知りたい。知らないまま食人鬼(グール)やシナーズの餌になって死ぬのはごめんだからな」

「勢力の目的ねえ。端的にいうと世界を支配したがっている連中がいるとだけいっておくぜ。この世界には二つの秘密結社がある。一つは人喰男の率いるカンニバルコープス、二つ目は、この監獄を造ったアウトレイジという組織だ。二つの組織は仲が悪くてね、長い間抗争を続けてきた。アウトレイジは支配階級を含んだ秘密結社で、裏からこの世界を支配しようとしているんだ。カンニバルコープスは裏社会が政治性を帯びないように監視し問題があれば制裁に乗り出す犯罪組織。まあこの二つが相容れるわけがないわな」

 グレアムはジェイルの真向かいの席に座って黙って話をきいている。

「カンニバルコープスがアウトレイジに悪事のしっぽを捕まれて投獄されたのがことの始まりだ。抑止力がなくなったことをいいことに、カンニバルコープスの連中をぶちこんだ巨大監獄アルカトラズを街に改造して、罪人たちを餌にしてエネルギーを無限に発生するメサイアとシナーズという生体兵器を作った。街にはメサイアとシナーズを維持するシステムを搭載させてな。そして三ヶ月の潜伏期間を経て、街に薬物実験で生まれた食人鬼が溢れれば、あるゲームが秘密裏で行われる」

「ゲーム?」

「支配階級による、罪人を使ったデス・ゲーム。誰が生き残るか、連中はコインを賭けて遊んでやがるのさ。アウトレイジはこの手のデスゲームを過去に何度も開催し、裏社会で賭けビデオとして販売し、一種のビジネスになっていたりもする。今回は監獄島アルカトラズが舞台ってわけだ。あいつらは娯楽狂だから、ゲームを白熱させる為に各国から送り込まれる調査員も今回受け入れた。ゲームをひっくり返そうとする俺たちのような勢力にもコインを賭けるバカがいるのさ」

「でも僕たちの思惑が成功したら、連中の計画は御和算じゃないか。それでもいいのか?」

「メサイアもシナーズも長期のゲームと実験を視野に入れたサンプルにすぎない。今回のゲームで破壊されたり死ぬようならAPFの研究所で代わりがすぐに作られる。まあメサイアが死ぬときは致死ウイルスが広がって街の住人ごと全滅しちまうがな。全滅したら、また新しい罪人を補充して、メサイアやシナーズをつくり、再びデスゲームが行われるって仕組みよ。表向きは罪人の大量更正施設って名目でな」

「人権的にアウトじゃないのか」

「アウトもいいとこだよ。これがばれたらこのゲームに関わる支配階級の首がまとめて吹っ飛ぶくらいにはな。だが逆をいうと、今回このゲームを阻止できなかったら、俺たちの依頼元である外部の勢力があぶりだされて、外の世界でアウトレイジに狙われることになる。俺たちがデスゲームで殺されれば、得た情報もなかったことになる。連中は反抗勢力のあぶり出しを目的にして、今回俺たちのような調査員もゲームに引き入れたんだろう。俺が知っているのは以上だな」

 ジェイルは一息つくと葉巻を吸ってうとうとし始めた。

「メアリのばらまく致死ウイルスをなんとかする方法を知りたい」

「そりゃあ、いっぺんAPFの施設に行ってみるしかねえな。メアリの機能は研究所が管理している。そこで制御できるなにかを見つけるしか――ぐう」

 ジェイルは話し終わると、いびきをたてて眠ってしまった。グレアムが身体をゆさぶっても起きない。

「なんなんだこいつは――」

 グレアムが呆れかけたそのときだった。外から悲鳴が響く。街に食人鬼(グール)が現れ、人を襲い始めたのだ。

 グレアムがフルメタルジャケットの外に出ると、体中に不気味な斑点を浮かせ、眼球が眼窩から僅かに飛び出した面妖な姿に変質した街の住人達が、共食いをはじめていた。

 遠めにもわかるほど筋力が増強しているので、人間離れした動きで素手で難なく生身の人間を引きちぎる。

 殺し合いにより血しぶきが往来に飛び交う。武器を持った住人が応戦していたが、その手にも食人鬼(グール)になったことを示す不気味な斑点が浮いていた。

「おいジェイル、とうとう始まったぞ。起きろ!」

 ジェイルはすやすやと眠り続けて起きない。マッドジョーカー軍曹が、店に入ってこようとする食人鬼(グール)に銃撃を浴びせながらグレアムに言った。

「俺達はメアリの致死ウイルスをなんとかする、APFの施設までジェイルの武装タクシーを借りるぞ」

「まて……むにゃ、俺が運転する」

 ジェイルが寝ぼけなまこで起きた。ジェイルは軍曹とフィオナを乗せてAPFの施設に向かう。だが道には食人鬼(グール)が暴徒と化して溢れかえっており、車へ攻撃を受けたが、武装タクシーによる装備で事なきを得た。

「トレイシー、ジェット、戦う力をもたない君達はなるべく僕の傍にいろ」

 フルメタルジャケットの一室で着替えたグレアムは拷問男になっていた。

「グレアムが……拷問男!?」

 トレイシーは街中に貼られた手配書で見知った顔を見て驚いている。

「いまさら気づいたのか。遅いぞ」

 拷問男はバヨネット君を呼び出し、目前の食人鬼(グール)に斬撃を浴びせた。拷問男はトレイシーの手をとると、店の外へ走った。

「メアリが殺されるのは避けなくてはいけない。事務所までいくぞ」

 拷問男がそういうと、トレイシーとジェットはうなづいてあとに続いた。

m往来は食人鬼(グール)で溢れており、バヨネット君でなぎ払わなければ進めない状態だった。筋力と共に速力も強化されていて、食人鬼(グール)は両手に武器を持ち、人間離れした動きを見せて襲い掛かってきた。

「グレアムもこの街の食べ物は食べなかったんだな」

「僕も食事はフルメタルジャケットで済ませていたからね。それが幸いしたな」

 何も知らずに薬物入りの食品を食べた罪人達は、異形のものと化して共食いしあっている。トレイシーは恐ろしさと共に複雑な気分になった。自分がもっとよびかけていればこんな自体は防げたのではないかと。

「それをいってもしかたがないだろ。どうやってもフルメタルジャケットの戦闘糧食だけじゃ足りないんだ。しかもマッドジョーカー軍曹が回りに呼びかけてたんだろ?僕はそれだけでもよくやったほうだと思うけどね。APFの事務所だ。メアリ!」

 APFの事務所につくと、メアリが怯えて机の下に隠れていた。拷問男を見るなり、メアリが腰に抱きついてくる。

『おにいちゃん!』

「無事でよかった」

 だが往来には殺戮が渦巻き、阿鼻叫喚の地獄と化していた。その地獄の隙間を縫うように改造散弾銃で攻撃を加えながら、一人の紳士がやってきた。

 人喰男だった。

 拷問男が顔色を変えて身構える。

「メアリは見逃すんじゃなかったのか」

「そんな約束は忘れてしまったな。この薬品を投与すれば、致死ウイルスはばら撒かれずにメアリだけ殺すことができる。その少女は生きているだけで多大な犠牲が払われる。ここで私が始末させてもらうよ」

 人喰男が薬物の噴射機を使って、遠距離からメアリの首元に薬品打ち込んだ。メアリが汗をかいてその場にうずくまり、苦しみ始める。

「まて、その薬物を投与したら、メアリを殺す必要はないだろう!」

 拷問男は人喰男の前に立ちふさがった。

「では罪人を何千人も犠牲にしてその少女を生かすのかね? 君も無限エネルギーが大事な口か?」

「違う! メアリは僕の――大事な妹だからだ!」

『――!!』

 そういって人喰男に応戦する拷問男。

「愚かな。生体兵器の娘のために戦うのかね」

 人喰男は無数のメスと改造散弾銃で拷問男を攻撃した。

 それをバヨネット君の刃でかわす拷問男。しかし一発弾を被弾してしまう。

 その傷口が徐々に広がり、焼けるような激痛を帯びるので拷問男は苦悶した。

「着弾と同時に、免疫システムを破壊し、肉食バクテリアが肉を食う特殊な弾丸だ。免疫システムが破壊されるから、その傷はもう治らんよ。人喰鬼(グール)専用の弾丸だったんだがね」

 人喰男がにやりと笑い、その恐ろしい銃口をメアリに向けた。

「やめろ!」

 メアリをかばい、拷問男が散弾の餌食になる。肉食バクテリアにより傷口は徐々に広がっていき、拷問男は激痛の中で倒れた。

『おにいちゃん! よくもおにいちゃんを!』

 メアリが連なる刃を翼のように広げて人喰男に放つ。人喰男はわずかに負傷したが、それでも余裕のうちに立っていた。

 メアリが再び攻撃態勢をとろうとするのを拷問男が静止する。

「メアリやめろ、人喰男とおまえが戦って消費すれば、シナーズがまた現れて住人達を襲いだす。トレイシーと逃げろ……マッドジョーカー軍曹とフィオナに助けてもらえ、ゴホッ」

 拷問男が吐血し、それを支えるトレイシーが涙ぐんだ。

「おいグレアム! しんじゃやだよ……!」

 人喰男がトレイシーとメアリに近づいてくる。

「メアリ、君が生きていると無用の血が流れる。ここで死にたまえ」

 人喰男がメアリの頭に銃口を向ける。

 そのときだった。

 強い力でトレイシーは引っ張られ、気づくとグレアムと口付けていた。

 グレアムは義眼を一つ眼窩からはずし、義眼と拷問男の電話番号ダイアル1800のタグのついたペンダントをトレイシーに手渡した。

「これは監獄街に来てから僕が見たり聞いたりしたことを記録してきた義眼型のビデオカメラだ。これをジェイルに渡してくれ――」

「やっやだよ、そんなこと頼むな! 自分で渡せよそんなの!」

 トレイシーは死の匂いが色濃くなってきた拷問男を見つめて涙を流した。

「君には世話をかけられっぱなしだったな。ようやく楽になれる――この甘ったれめ。僕は君のことがずっと大嫌いだんだ。もう二度と 顔も見たくないよ」

 拷問男はそういうと、トレイシーを突き飛ばし――人喰男を巻き込んで――自爆した。嘘をついたときの、血中に打ったクレイモア(地雷)による自爆だった。

「寂しくなったら――電話しな」

「グレアム――!!」

 メアリが涙を流しながらトレイシーの手のひらに文字を綴った。

『おねえちゃんは、生きなきゃだめ』

 トレイシーはそれを見て再び大粒の涙をこぼした。

 トレイシーは立ち上がると、メアリとジェットをつれて、その場から離れるように泣きながら走った。

 

 トレイシーが裏路地に入ると、往来に他国の軍隊が来ていた。

 食人鬼(グール)の対処に派遣されてきたらしい、ドイツ軍と、フィンランド白衛軍だった。トレイシーは軍隊に保護され、事態が収束した後、落ち合ったジェイルにグレアムの義眼を渡す。

「そうか、グレアムは――」

 ジェイルが言いよどんだ。グレアムの上司だというキンバリーと名乗る黒髪の美しい女性も監獄街に来ていた。

「あなたがトレイシー? はじめまして。グレアムにはあなたと同じ名前の双子の姉がいたのよ。ただグレアムとは逆の悪の道にいってしまって――最期は自殺、グレアムは彼女を救えなかった事に深い後悔があったと思うわ。だからグレアムは死んでしまったけど、あなたを救えて悔いはなかったと思うの」

 キンバリーがトレイシーを励ますようにいった。トレイシーは自分のことに親身になってくれたグレアムを思い出してまた涙を流した。

 即席で作られた駐屯基地にはマッドジョーカー軍曹とフィオナもいて、APFの研究所を破壊してきたと話した。メアリを制御していた装置も破壊し、メアリは今ではただの無力な子供にすぎないと。

「じゃあ、もうメアリは自由なんだね」

 トレイシーはほっとしたように胸をなでおろした。マッドジョーカー軍曹は祖国からきた上官のシュトゥールム将軍と話をしていた。

 今回の件で、この街の運営に関わった支配階級は雁首そろえて退陣になるだろうとのことだった。トレイシーはそこまでの話についていけなかったが、事が収まるところへ収まったような気がした。

 マッドジョーカー軍曹とフィオナはドイツに帰って一緒に暮らすらしい。

 ジェイルはまた放浪の旅を続けると。

 生きのこりの罪人達は別の監獄に移され、トレイシーの冤罪も正式に認められた。

 トレイシーは晴れてルッケンバックに帰れることになった。

 ルッケンバックの広い牧場で、トレイシーは畑仕事にいそしんでいる。

メアリは同じ牧場にいて、牧草地でダニエルと共に絵本を読んでいた。ジェットは愛馬ダレルの世話をしている。

 トレイシーはつとめて忙しく働いた。

 忙しくしていないと、グレアムのことを思い出してしまって泣いてしまうからだ。首元にはグレアムからもらった電話番号がタグに刻印されたペンダントが光っている。

 地獄に繋がる電話はないとわかっていても、寂しい夜は拷問男に電話したくなってしまう。

「……ハローグレアム、元気か?」

トレイシーは、意味がないとわかっていても、ダイアル1800を押し――呼び出し音を待った。

『ハロートレイシー、拷問男だ。これを聞いているということは、僕はもういないんだな。不思議な気分だよ。本当にこの番号に電話するとはこの甘ったれめ。でも、君はよくがんばったよ。無事に牧場でこのメッセージを聞いていることを祈る。僕のことは忘れて、幸せになってくれ。アルカトラズで君はいつも不機嫌だったが、最後に――一度でいいから君の笑顔がみたかったな』

 メッセージはそれだけだった。

トレイシーの目に涙がうかんだが、トレイシーは畑仕事と動物の世話に戻った。

 トレイシーは寂しくなるとダイアル1800に電話をかけては、グレアムのメッセージを聞いて気持ちを奮い立たせたが、その番号も繋がらなくなってしまった。

 しばらくは拷問男に抱いた恋心で、心が拷問されているようだった。

いつしか心の拷問もおわり、グレアムとの出会いが優しい記憶になったあと、トレイシーは昔のことを静かに思い出す。

「グレアム、ありがとう」

 トレイシーは緑溢れる牧場で、抜けるような青い空に微笑んで言った。

FIN

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