第6話 ドイツの鬼札

 マッドジョーカー軍曹は、朝早くに手紙を書き、店から出てポストに手紙を投函する。生き別れの娘に当てたものだ。娘の存在を知ったのはカンボジアの祖国に帰ってしまった恋人と別れた後で、以来一方的に手紙を送り続けている。

 返事はないが、気にしたことはなかった。父親としてできることはこれしかなかったからだ。

 店に戻ると二等兵のトレイシーが、メアリとフィオナを両脇にはべらせたグレアムに食事を出していた。

「二等兵よ、そいつらがどういう存在がわかって関わってんのか?」

 トレイシーは不思議そうに首をかしげた。マッドジョーカー軍曹は店の陰にトレイシーを引っ張り込んで耳打ちした。

「この街が運営されてそろそろ三ヶ月か。話してもいい頃合だな」

「さっきからなんです、店長(サー)?」

 首をかしげるトレイシーに、マッドジョーカー軍曹が言った。

「まあ話半分で聞け。勤務にまじめなお前だから生き残って欲しいと思って話すが、この街はあと少しで地獄になる。お前が面倒見てるメアリってガキのためにな。あいつがなんだか知ってるか? 無限のエネルギーを生み出す生体兵器だ。殺そうとすれば、致死量のウイルスをばら撒き、辺り一体を死の海にする」

 トレイシーは、ぽかんとした顔で、マッドジョーカー軍曹の顔を見ている。

「俺は祖国ドイツで薬品に詳しい軍人だったから、祖国からこの街の調査命令が出てここにきた。生体兵器のメアリが保持しているウイルスの調査などでな」

「メアリにウイルスが――」

「それだけじゃない。この街で出回っている食い物があるだろう? あれは全て幻惑剤が含まれた実験品だ。摂取し続けると体の組織が変質して、人を襲って喰う様になる。筋力や攻撃力が誇大し、恐怖や怯えが取り去られた最強の兵士を作るって実験だ。それと、なんでこの施設で嘘をつくと自爆するかわかるか?」

 トレイシーの顔色が変わってきた。

「今は嘘を感知し自爆する薬品しか作れていないが、そのうち反社会的な感情や反抗心などの複雑な感情を察知して自爆する仕組みを作りたい勢力がいるからだ。嘘はもっとも簡単な感情の働きだから、今回の実験に選ばれた」

「店長(サー)、この街はなんなんだ? そんな風に街を作って、一体なにが目的だっていうんだ?」

「ここはメアリから無限エネルギーを取り出すための採掘場だ。罪人どもを犠牲にしてな。罪人はエネルギー源のためにシナーズに襲われるだけじゃない。食事に薬物を混入されて、人間を食人鬼(グール)にして殺し合わせ、戦場で使える兵士たるかの生体実験も兼ねた後にシナーズに殺される。もしくは街のからくりに気づいて、メアリを殺そうとした瞬間に、致死ウイルスが発生して住人が全滅するという末路が待っている」

 マッドジョーカー軍曹がまじめな顔をしてトレイシーに言った。

「だから店長(サー)は、この店以外の戦闘糧食は食べるなっていってたんだな――」

「そうだ。戦闘糧食は世界各国の軍隊で作られたものをそのまま輸入している。俺が管理しているから、過程で薬品が混入されることはない。俺のいうことを聞いていてよかっただろう。まだ信じられねえと思うが、お前はよく働く二等兵だから忠告しておくぜ」

トレイシーは放心したようにマッドジョーカー軍曹の話を聞いていた。

「私はどうすればいい?」

「メアリを死なせねえこったな。死んで致死ウイルスが発生したらこの街の住人は全滅だ。俺は生物兵器や薬品兵器を悪用する連中を調べる為に祖国ドイツからアルカトラズに派遣された。俺が知ってるのはここまでだな。あとは街に食人鬼(グール)が溢れかえったときが問題だ。食人鬼(グール)より強いやつのそばにいて、祈るしかねえ。生き残れよ」

 マッドジョーカー軍曹にそう忠告され、頭が真っ白になったまま仕事に戻るトレイシー。

 この街の生活が終わる……?

 にわかには信じがたいし、考えられないことだった。

「トレイシー、どうしたの?」

 フィオナが客席からトレイシーの顔を覗き込んだ。

「そういえばフィオナは何のようで店にきたんだ? 忘れちゃったか?」

「忘れちゃった!」

 フィオナが無邪気に応えた。トレイシーはフィオナの笑顔を見て安心すると同時に、日常が失われることが急に怖くなった。フィオナに先ほどのマッドジョーカー軍曹から聞いた話を打ち明ける。

「フィオナはどう思う?」

 フィオナはポケーっとした顔で聞いていたが、最後は真顔になっていた。

「その話は誰から聞いたの?」

「店長(サー)だよ。マッドジョーカー軍曹」

「フィオナ思い出した。マッドジョーカー軍曹、本当のお父さん。そこまで情報を調べ上げられる人、管理者の邪魔になるから、フィオナが今日ころしにきた」

 フィオナの目の色が変わり、車椅子から立ち上がると、奥にいたマッドジョーカー軍曹に向けてアサルトライフルを射撃した。

 マッドジョーカー軍曹は戦いなれているのか、日常から戦闘への動作の切り替えがすばやく、フィオナに瞬時に応戦した。

「伏せろッ! 戦争だッ!」

 マッドジョーカー軍曹が客に叫ぶと、客が全員席に伏せる。

「パパをころす!」

 フィオナは人が変わったように獰猛になり、マッドジョーカー軍曹に襲い掛かった。

「おい娘! なんでお前はそうなったッ!」

 マッドジョーカー軍曹はガトリングガンで応戦しながら娘であるフィオナに呼びかけた。

「フィオナ、パパと別れたママがしんで、おばあちゃんにお店で売られた! 逃げられないように脚の筋を切られた! 客をとらされるようになった! パパからの手紙が来るけど、フィオナ文字読めないし返事もかけない! そしたら偉い人の相手をするようになって、パパからの手紙を読んでもらえるからいうこときくようになった! だから! いうこときかないとパパに会わせてもらえないし、手紙をよんでもらえないんだもん!!」

 マッドジョーカー軍曹は悲痛な表情で、いつしか涙を流して叫ぶフィオナを見ていた。

「娘よ。手紙は読まなくていい。もうすでに会ってるからだ娘よ。それに手紙は俺の無駄話しかかいてねえから読めなくても支障はねえ」

 マッドジョーカー軍曹はフィオナの放つ銃弾の雨に飛び込むと、自分が負傷するのもかまわず、フィオナからアサルトライフルを力づくで奪った。

「お前の敵はなんだ? 街の管理者か? 世界か?」

「ぜんぶだもん!! フィオナの世界はフィオナにひどかった!」

「よし!障害は全部、俺がぶっ倒してやる。おかしな人間の言いなりになるのはやめろ。俺はお前に何も望んじゃいねえ。好きなように生きろ!」

「じゃあ私、パパの傍にいる!本当のパパの傍にいる!!」

「好きなだけいろ!」

「うわああああああん!!パパー!!」

 フィオナがマッドジョーカー軍曹に抱きついて泣き始めた。

「フィオナ、パパと信頼関係を築ける?」

「いい言葉を知っているな娘よ。だが親子ってのはもうそれがあるんだ。心配するな!」

 フィオナがにっこりと笑ったあと再び泣き始めた。トレイシーはなぜだか泣けてきて、「よかったなフィオナ」と声に出してつぶやいていた。

 対照的に、それまで話を聞いていたグレアムはフィオナの素性を知っているので、マッドジョーカー軍曹の身を案じ始めた。

「フィオナが従っていたという街の管理者に逆らうのは、この街では死を意味している。数日後の粛清実験を経て生き残りたかったら、お互いに知っている情報を出し合う必要があるな」

 グレアムとマッドジョーカー軍曹は、店の奥でしばらく話し込んでいた。

「僕はフィンランドから、あんたと似たような案件で派遣された特別捜査官だ。上司の知り合いで探偵をやっているやつがいて、そいつもこの街に潜伏しているんだが、街に食人鬼(グール)が発生するまで間もないはずだから、そいつにも連絡を取ってみようと思う。ジェイルというんだが、つかみどころのない男だ」

 マッドジョーカー軍曹は頷くと、所属していた本部に、アルカトラズで得た情報を送り、実験そのものを阻止できないかと働きかけているようだったが、外部の軍隊が動くことは難しそうに思われた。

「二等兵とその弟を頼むぞ。あいつは真面目な従業員でいいおっぱいをしている。こんな事で死なすにはむごい。冤罪というのも本当だろう。運のねえ二等兵だ。しかも、拷問男に惚れちまうとはな」

「あんた僕の正体を知ってたのか」

「何度か戦ってるのを見てな。二等兵もお前に説教された話しかしねえんだ。守ってやれよ」

「わかったよ。僕が生きている限り善処しよう。僕がなにかで死んだりしたら、あとは頼むぜドイツの鬼札(ジョーカー)」

「まあ、お互いにな」

 二人の男はにやりと笑って、フルメタルジャケットの奥で杯を交わした。

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