第4話 心電音感の射手

 シナーズへの解析から、以上のことがわかった。

 シナーズはメサイア(メアリ)という名の少女と提携している生体兵器だということ。メサイアが体力的に消耗すると、シナーズが罪人を殺して生体エネルギーを奪い、メサイアに補填すること。

 シナーズが人間を襲うことによって、メサイアから無限のエネルギー磁場が発生していること。

「最近発表された化石燃料に変わる新エネルギーとはこのことか――」

 アリスは屋敷の研究所で思案顔になった。横で見ていた部下のクライドが口を開く。

「この街全体が、メサイアからエネルギーを採取するための装置、ということですかボス」

「そうだ。メサイアはこの街の、エネルギー磁場採取設備のある環境下でしか生きられない。メサイアが生きるためだけに《《街》》というシステムが存在するようなもの。世界各国から集められる罪人は、全てメサイアのエネルギー源、シナーズの餌というわけだ。定期的に集められる殺してもいいエネルギー源をと考えて、世界中から集まる罪人に行き着いたんだろう。表向きは、大規模な罪人の更正施設、ということにしてな」

「胸糞の悪くなる話ですね」

 全身をオーダーメイドの白スーツ、洒落た帽子で飾り、くすんだ金髪を結わえたクライドが、鋭い双眸に嫌悪を浮かべて言った。

「だが人類にとっては、まさに救世主(メサイア)だ。無限のエネルギーを発生する少女。世界中の罪人を犠牲にしても実験する価値はある、ということだろう」

 アリスはそういって書類をまとめた。

「この街の秘密はこれだけではない。これから行われる罪人を使った《《実験》》についても調べる必要がある。だがそれは、今日出会った拷問男やほかの国から送り込まれている調査員のほうが詳しいだろう。情報が集まった頃合をみて、調査員を拉致して情報を得よう」

「拷問男を始末しなかったのは、泳がせて情報を得るためですか?」

「そうだ。やつは祖国から特別捜査官として街に送り込まれているものだからな。預けてあるメアリから勝手に情報を採取するだろう」

 アリスはまとめた書類を封筒に入れると、クライドに手渡した。

「お前に頼みたい任務がある。これをもって祖国イギリスに渡り、この件が終わるまでエリザの護衛をしてきてほしい。この件の真相を取り扱う政治家なので、各勢力から狙われている。お前の腕なら安心だ」

「わかりましたボス。ご期待に沿えるように善処します」

 クライドが丁寧すぎるくらいの口調で頭を下げた。

 イギリスは首都ロンドン。オールドベイリー(中央裁判所)の正義の女神像が見渡せる場所に建てられた、バラ園のある邸宅にクライドは来ていた。

「そうですか。あの人が――。私なにも言ってないのに」

 エリザは封筒を受け取ると、恐縮したようにクライドに頭を下げた。綺麗な応接間に、紅茶とお茶菓子、軽食のサンドイッチと野菜のキッシュが並べられている。長旅でやってきたクライドに対する、エリザの心のこもったおもてなしだった。

「ボスの生きがいはあなたを助けることですからね。もちろん、これは無記名の意見書や情報源、ということにしておいてください。ボスが率いるカンニバルコープスという悪の組織があなたに関わっていることなど世間に知られたらことですからね」

 クライドは一礼して、出されたサンドイッチを食べた。手作りらしく、とても美味い。出された紅茶もサンドイッチに良く合う銘柄だった。

「でもあの人は、私の育ての親です。私が政治家を志してから、あの人は自分の存在が仇になると、英国から出て行ってしまいました。でも私は、ビッグベンの鐘の音を聴くたびにあの人を思い出すんです」

「ほう。鐘の音でボスを?」

 クライドが興味深い、といった様子で相槌を打った。

「はい。時計塔の鐘は、人間の時間、命を祝福するものです。あの人は悪の道に生きながら――英国の人間を助けることを目的にし、手段を選ばず行動しています。子供のころにあの人がいいました。『わたしはあの無数の鐘の音色の一つであればいい』と。それ以来、ビックベンの鐘を聞くと、あの人を思い出すようになりました」

 エリザが美しい双眸を、ビッグベンの時計塔に目を向けながら言った。エリザは金の巻き髪に、清潔感のあるシルクのシャツにスカーフ、膝丈のスカートというシンプルだが上品な格好をしている。物腰やわらかく丁寧で、立ち振る舞いから気品が滲み出ていた。

 あの人とよばれた――黒ずくめの紳士服に身を包み、威圧感を周囲に与える人喰男爵アリスとは対照的な女性だった。

「なるほど。ボスもいっていましたよ。オールドベイリーの正義の女神像を見るとエリザを思い出すと。二人とも象徴的なものをお互いに見出しているのですね」

 クライドはそういうと、エリザの護衛の話をした。

「護衛――ですか。でもこの屋敷は全て防弾性の設備をしてますし、バラ園も防弾ガラスで囲んであります。大丈夫だとは思いますが――」

 エリザは不安げな表情でクライドを見た。クライドはエリザの様子を見て優しく微笑んだ。

「念のためです。近年では防弾ガラスもものともしない威力の改造ライフルも出回っています。そういう連中と渡り合えるのは、ただのボディーガードではなく、同じ暗殺者で狙撃手である俺が適任なんです。「俺だったらどう殺すか」という視点で同業者からあなたを守れるので、人を殺しなれていないボディガードよりは確かなはずですよ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 エリザがたじろいだ。

「いえ、おどかすつもりはなかったんですが。そうですね。俺だったら、やはりバラ園を狙うでしょう。防弾ガラス一枚ですし、定期的にあなたがバラの世話をしにくる。格好の狙い目ですね。だからあなたを囮にするようで気が引けますが、いつもどおりバラの世話をしてもらいます。狙ってきた者を返り討ちにしてやりますよ」

 クライドが銃の装備をしてウインクして見せた。

 三時。エリザがバラ園でバラの世話をする時間帯だった。クライドは庭園の椅子に座り目をつぶって音楽を聴いている。ヘッドホンの中の音は無音だ。音はクライドだけに聞こえている。クライドは相手の心音が音楽に聞こえる特殊な絶対音感を持っていた。その音を感知する弾丸を作り、心臓を逃さず狙う狙撃手だった。

「不愉快な心音が聞こえてきたぜ。だが狙い通りのやつがきたな」

 クライドは相手の写真を見ただけで心音を特定できる。事前にアリスから渡された資料をもとにめぼしい弾丸は作ってある。

 その瞬間、銃声が響き、クライドの胸に銃弾がめり込んだ。二発だった。

「クライド!」

 エリザが叫ぶ。クライドは人差し指を口元に当てて、しゃがみこんだ状態から立ち上がった。

 これを打ち込んできたスナイパーは、二発まったく同じ場所に射撃している。防弾チョッキもあと少しで貫通しそうだった。かなりの腕前である。

 クライドは庭園から出ると、着弾した位置から方向を割り出して狙撃手に向けて、自身が改造したエレクトリカル・ライフルで狙撃した。

「―――ッ」

 相手の心音が途切れかけたが、防弾チョッキなどで防護しているらしい。相手の心音が鳴り続けている。クライドが弾を確認すると数発の弾のストックはある。

 クライドは、相手の装備を考えて、今度は五発連続で狙撃した。相手がいくら分厚い防弾装備でも、改造ライフルの弾を五発同じ位置にうけて無事なはずはない。

「♪♪♪♪♪♪―――」

 クライドがある旋律を口ずさむ。相手の心音のメロディだった。相手はまだ生きている。

「忌々しいメロディだぜ。さっきので、心音誘導弾は全部つかっちまったな」

 クライドはそういうと、無線を傍受しているのに気がついた。無線に出る。

『元気か?スポット・バースト・ショットもどきの小手先に頼る臆病野郎。お前は技術に頼って、肝心の狙撃能力はいまいちのようだな。だからこうして俺が生きている。お前の心臓を狙える妙な弾が尽きてからが本当の勝負だぜ。狙撃手同士の勝負だ。乗るか?』

 クライドは無言でエレクトリカル・ライフルをぶっ放した。

『オーケー。やる気まんまんじゃねえか』

 そういって無線は切れた。

 次の瞬間クライドの右手に鉛弾が着弾した。血が噴出する。

「ざんねん。俺は両ききなんだ」

 クライドは左手でライフルに通常弾を12発装填し、改造したエレクトリカル・ライフルで12発を同時に放つ。

「見えたぜ。死線《キルゾーン》が」

 改造ガンによるゲット・オブ・トゥエルブショットだ。12箇所の急所に同時に打ち込む人間離れした射撃技。

「――」

 相手のUKロックもどきの不協和音が聞こえなくなった。

「仕事中によく喋るやつは嫌いだぜ、クソ野朗。お前の心音もクライマックスはまあまあ聴けたぜ」

 クライドは弔いのつもりか、殺した狙撃手の心音のメロディのサビを繰り返し口ずさみながら、エリザの庭園に戻った。

「血が出てますよ、大丈夫ですか!?」

 片腕と胸から血を滲ませたクライドが庭園に戻ってきたので、エリザは驚いて駆け寄った。

「手当ての腕が鈍るといけないんで自分でやりますよ」

 そういってクライドは自分で手当てを始めた。

「あの、今ので――終わりでしょうか?」

 エリザがおずおずとクライドに尋ねた。

「いえ、まだ8人くらいあなたを狙ってるやつがいますね。残りの8人を血祭りに上げるのが俺の仕事です」

 エリザが苦笑いで、よろしくお願いしますと頭を下げた。

「ボス宛に小包が届いていますよ。クライドからです」

 アリスが小包を開けると、超小型のテープと給水の処理を施された一輪のバラが入っていた。エリザの育てたバラだった。アリスがテープを再生すると、ビックベンの鐘の音が再生された。

「久々に聴いたな。ビックベンの鐘の音――何十年ぶりだろう」

 エリザの育てた美しいバラを眺め、珍しくアリスは微笑んでいた。

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