第3話 人喰男と拷問男

 夕方。トレイシーはウエイトレスのバイトを終えると、メアリの様子を見にAPFの事務所に来ていた。

「なあグレアム。お前《《怖く》》ないのか?」

 グレアムはあんなことがあったのに平然としている。まるでメアリやシナーズがどういうものだかはじめから知っていたかのようだった。

「怖い? いや余計に人喰男にメアリを渡してはいけないと思ったよ。今回はやられたのが人喰男の手下の悪党だったから良かったけど、今日みたいなことがあって、住人を狙われたらと思うとね……」

 グレアムの言葉はどこかセリフがかっている。

「そうじゃなくてさ、それも大事だけど、おまえは人喰男とか犯罪者が怖くないのか?」

「怖くないよ」

 グレアムはきっぱりと言った。

「犯罪者は日々を働き学んで生きることを放棄して、奪う側に回った連中だ。僕は奪われる側の人間のために警官になった。そんな僕が犯罪者を怖がったらおかしいだろう?少なくとも相手が強い犯罪者だからといって、怯えたり負い目を持つなんてばかげている。悪党の強さなんて、不法な手段を持って作られた唾棄すべきものなんだから」

 正義感の強いグレアムは、犯罪者としてこの街にいる私のことも内心では嫌いなんだろうなと思いながら、トレイシーは話を聞いていた。

「ああ、君のいうことは信じてるよ。冤罪でここに入った一般人だってことはね。自爆しないってのもあるけど、脱獄にかけるエネルギーがものすごいから。しかもそれをする理由が――ルッケンバックに帰って牧場をやりたいんだっけ? 動機が牧歌的すぎるんだよ」

 グレアムが微笑んで言う。トレイシーは顔を赤くした。

「なんだよ! ばかにすんなー!」

 トレイシーは憤慨して応えた。

「馬鹿にしてないよ、立派な夢だと思うよ。僕はそういう人たちの夢を守るのが仕事なんだ。でもただ正義感が強いだけじゃ、しょうがないからね。正しさはそれ以上の力を持たない。道から外れたものと戦うには、自分も道から外れる必要がある。僕は人に言えないけど、そのためにしていることが色々あるのさ。それが理由でここに飛ばされたようなもんだよ」

 グレアムは言葉を選んで話していたが、トレイシーにはなんとはなしにグレアムの言ってることがわかるような気がした。

 正しいだけでは限界がある。トレイシーは今まで悪いことには手を出さないように生きてきたつもりだったが、気づけば冤罪にかかり今にいたるわけなので、正しく生きていれば報われるわけではない。

「メアリのことだけどね。上には伏せておこうと思うんだ。僕が個人的に家でかくまうよ。そのほうがメアリにとっていい気がする」

 トレイシーはそのことについては同感だったのでうなづいた。

「人喰男がメアリのことをシナーズと連携した生体兵器って話していたろう? メアリの素性はこの街の機密に繋がっているんだ。メアリが逃げてきた出所がAPFの機関である可能性が高い。君が僕に話しかけてきたのは幸いだったよ。ほかの職務に忠実なやつだったらメアリは施設に逆戻りするところだった」

 メアリは返り血を流す為のシャワーを浴び終え、グレアムの傍に座っていた。グレアムの足元に座る盲導犬、パウエルの頭を撫でている。

「もう今日は遅いから、帰り送っていくよ。君は無用心すぎるな」

 グレアムはそういうと、トレイシーを自宅まで送っていった。

「あのさ」

トレイシーがグレアムの顔を見た。

「今日はありがとう。メアリのこととか、大変なこと任せちゃってごめん」

「なんだい急に。君に困らせられるのは慣れてるからいいよ」

「メアリのこと、よろしく頼む。私も協力できることはするから」

 トレイシーはグレアムに頭を下げた。

「ありがとう。じゃあ僕も、君たちみたいに仲のいい兄妹気分を味わおうかな。一人暮らしだから張り合いが出たよ」

 グレアムはそういって笑うと、事務所に戻っていった。

『グレアム? キンバリーよ。シナーズが監獄街に出たそうね。討伐を早めて頂戴』

「了解。メサイアを確保したんですが、少女でした。処置はしません。いいですね」

『生きてればいいわ。ほかの勢力に渡さないようにね』

「了解。いまからシナーズ討伐に向かいます」

 祖国からの通信だった。グレアムはトレイシーと別れると無線をとり、無表情で応答を済ませた。

 部屋で着替える。黒と銀のトライバル模様の施されたボンテージ風の格好に、黒いキャップをかぶった。化粧を施した血色の悪い顔に黒いルージュを引く。指先には鋼糸。機械製の不気味な操り人形『バヨネット君』。

 その顔は、街に無数に貼られている手配書、監獄街アルカトラズの二大罪人、拷問奇術の私刑執行人・拷問男だった。足元には同じく拷問犬パウエルが続く。

「いくぞバヨネット君」

グレアム――拷問男が向かったのは、シナーズが眠るAPFの施設だった。

APFの施設には人喰男のアリスがおり、シナーズと戦闘を繰り広げている。

 銃撃戦だった。

 そこに割ってはいるかのように、幻影で巨大化したからくり人形・バヨネット君が現れ、巨大な刃を振るう。

 シナーズはバヨネット君の刃を鋏で受け止めると、もう片方の手ではじき返した。

 拷問男は銀の輪を取り出すと、ライターで炎を点した。

 瞬く間に炎の輪となり、拷問男が手を叩くと、銀色のサーベルタイガーが三頭、炎を潜って輪の中から姿を現し、シナーズへ向かっていった。

 銀色のサーベルタイガーはシナーズに襲い掛かると、鋭い牙で装甲をへこませてゆく。その隙に、からくり人形のバヨネット君による剣(つるぎ)の舞が行われ、シナーズの片腕を破壊した。

 杖に仕込んだ改造散弾銃でシナーズに銃撃を浴びせながら、様子を見ていた人喰男が拷問男に拍手を送った。

「拷問男か。たしか君とは昼間に会ったね? 勇気あるおまわり君。トリッキーな戦い方をする――」

「うるせえぞ人喰男。シナーズは僕の獲物。私刑執行の邪魔をするな。僕の正義だぞ」

 拷問男が睨み付けると、人喰男が口元だけで笑った。

「正義? 正義など盲信しているのかね、君は。人のため、正義のために戦った罪はどうなる? 守るべき人々が君の罪を負ってくれるのか? 正義のために犯した罪は自分で背負うしかない。正義のために戦って、罪人になっても正義を信じる狂人。くだらん生き方だ!」

 人喰男が歌うようにいった。

「黙れ悪党! 善悪の境界のない曖昧な世界はさぞかし快適なことだろうよ。道徳も学ぶ気がねえのなら一生そのゆりかごのなかで暮らせ! 人様に迷惑をかけねえでな!」

 拷問男が銀色の鋼糸をはためかせると、バヨネット君が目にも留まらぬ早業でシナーズに斬撃を叩き込む。

 シナーズの鋏による攻撃を、拷問男はバネ仕掛けの人形のような跳躍力でかわし――バヨネット君の巨大な刃でシナーズが真っ二つになる。

「提案があるんだが。拷問男よ」

「あん? 聞くだけだぞ」

 拷問男が不快そうに、整った眉をしかめた。

「私は生体兵器のメサイア――メアリを狙っている。だが、君が破壊したがっているシナーズも欲しい」

「欲深いな。悪党らしい野郎だ」

「そこでだ。メアリを見逃す代わりに、シナーズを私によこせ。なに、APFがシナーズになにをしていたか解析するだけだ。君がAPFに義理立てする必要はないはずだろう。なんせ君は祖国のフィンランドからここに送られてきた特別捜査官だからね」

「こっちのことは調べやがって、いやらしい野郎だぜ。だがいいだろう。メアリに手を出さないと誓うなら。危険度でいえばメアリのほうが上だからな。お前はシナーズで我慢しとけ」

 拷問男は吐き捨てるようにそういうと、サーベルタイガーとバヨネット君を霧の様に消し、指先から鋼糸を出すと、天井の天窓をくり貫いて跳躍し、姿を消す。

「ではシナーズはいただいていこうか」

 アリスは、真っ二つになってもなお暴れるシナーズに改造散弾銃で止めを刺し、部下に解析設備のある屋敷までシナーズの死体を運ばせた。

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