第2話 メサイアとシナーズ

 トレイシーはジェットと共に事務所に連れて行かれた。

 ブラインドが落とされた几帳面に整頓された室内。明け方まで続くグレアムの説教を、生返事で受け流す。

 トレイシーは椅子に腰掛けて机にだらしなく突っ伏し、室内に流れるラジオを聞いている。ジェットは傍らの椅子にもたれかかり、寝息を立てていた。

『化石燃料にかわる新たなエネルギーが開発され、導入を待つのみとなりました――』

 トレイシーの頭には、新エネルギーの導入、という単語だけが残り、あとの流れは頭に入ってこなかった。トレイシーのニュースに対する姿勢はおざなりである。それでも困ったことがないのは、要領よく必要な単語だけに反応するからだ。

「おい、きいてるのかトレイシー? 僕は君達の為を思っていってるんだぞ。監獄街のシステムの目を逃れて借りに脱獄できたとしよう。だが、後に待ってるのはさらなる重刑と、APFによる容赦のない追跡だ。APFの組織力をなめないほうがいい。それにひきかえ、君の刑期はたった三年じゃないか。この街やAPFを敵に回して、残りの人生まで棒に振ることはないと僕は思うがね――」

 グレアムは熱っぽい口調で、拗ねたように机に突っ伏すトレイシーに向かって続けた。心配しているのは本心らしい。

 グレアムは真面目な新米警官だ。盲目なのに盲導犬を連れて危険な現場に出たりする。近年では麻薬捜査に盲目捜査官の洞察力を必要とする例もあるそうなので、グレアムも洞察力を買われてこの仕事をしているのだろう。

 グレアムは事件で関わった人間すべてに、面倒と思うことなく情をかける。人当たりも良く、性格も良い。短く清潔感のある長さに整えられた髪に、APFの青い制服を長身痩躯な体躯でスマートに着こなし、人の良さそうな顔をしている。

 年はトレイシーより少し上くらいだろう。グレアムは善良という言葉をそのまま人間にしたような男だった。

「――わかった。心配かけて悪かったよ、もうしないから」

「君のわかった、は信用できないからな。そういって三回目だ。四回目はないと誓ってくれるかい?」

 グレアムは淡いブルーの義眼がはめられた双眸から、真摯な眼差しを覗かせていった。

「誓うよ。ママのエプロンの紐にかけて誓う、誓う」

 トレイシーがめんどくさそうに応えると、グレアムがため息をついた。

「僕だって、君の冤罪を疑っている訳じゃない。僕は君の免罪を求める書面だって、もう何回も上に提出しているんだ。君が嘘を言ってるとは思っていないよ。なにせこの街では――」

 トレイシーは机に突っ伏しながら、半ば睨むようにしてグレアムをみつめている。

 グレアムは盲目で人の視線を感じることが出来ない。トレイシーは目が大きいので眼差しには迫真力がある。その棘のある視線に気づかず、グレアムは続けた。

「嘘をついたら自爆する。血中に打たれたクレイモア(地雷)という薬品が、嘘を関知して高温を発する。タンパク質が破裂して爆発するって仕組みだ。君も嘘つきの末路をこの街でよく見てきたと思うけど――」

 街の罪人は全てクレイモアという薬品を血中に打っている。嘘を関知して破裂する薬品。監獄街では正直者しか生きられない。

「君が自爆しないということは真実なんだろう。そこは疑っていないよ。ただ自分やジェットの身の安全を考えて――」

 トレイシーは事務所のパイプ椅子から立ち上がった。

「バイトに行かなきゃ、配達の時間に遅れると店長にも怒られる」

「もうそんな時間か。じゃあ、きっちり労働に励んでくるといい」

 グレアムがお説教の終わりを匂わせた。

「長々悪かったな。デートの約束とかすっぽかす羽目になったんじゃないのか?」

 トレイシーがグレアムに皮肉を言った。

「僕にそんな相手はいないよ。――っていったら、君が相手をしてくれるのかい?」

 グレアムが冗談めかして言った。

「あたしはしつこい男が嫌いなんだ。6時間ぶっつづけで小言を並べるような野郎とかね」

「僕も水道管を破裂させて良心の痛まない子は嫌だね。では道徳にのっとって規律正しく良い一日を」

 グレアムは起きあがるトレイシーと寝ぼけなまこのジェットを立ち上がって見送る。トレイシーは事務所から出て、降り注ぐまぶしい朝日を身に浴びた。近くの噴水には少女にひれ伏す獣の像が建ち、涼しげな音を立てている。

「あの像……なんの意味があんの?」

 トレイシーがぶっきらぼうに、傍らのグレアムに話しかけた。

「あれは『メサイア』と『シナーズ』だ。少女の救世主に、獣が犯した罪を懺悔しているのさ。どういう意図で作ったのかは彫刻家に聞かないとわからないけどね」

 グレアムが口元だけで笑っていった。

「……あたし本当に見たんだよ、その……シナーズって化け物を。嘘じゃないよグレアム」

「自爆しないなら、君の中では真実なんだろうね。じゃあ、その化け物が存在するという第三者にもわかる証拠を持ってきてごらんよ。警察は証拠がないと動けない。それと――」

 グレアムがコーヒーカップを置いて、形のいい人差し指を立てた。

「この街の二大罪人――人喰男と拷問男には気をつけるんだよ。特に夜道にはね。遭遇したら命はないといわれている。いくらおてんばな君でも」

 トレイシーはグレアムの言葉に頬を膨らませて応えると、市街地に歩き出した。

「私は哀れな罪獣ではなく、少女の方に用があるのだがね」

 APFの研究所。リノリウムの床にシナーズの血が広がっている。

 人喰男――街中に手配書が貼られ、監獄街アルカトラズで知らないものはいないとされる、18世紀の終わりから生き続ける食人鬼であり闇医者でもあるアリス。

 アリスは杖に仕込んだ改造散弾銃による銃撃を、シナーズにあびせた。

 アリスは黒のシルクハット、癖のついた長い黒髪、白塗りの顔に道化のような化粧を施し、鼻が高く彫りの深い顔立ちに、威圧感ある黒い双眸をしている。

 首元に真紅のスカーフ、金縁の刺繍がなされた黒のフロックコート、黒く光る革靴。黒と赤が基調の紳士的な出で立ちに身を包んでいた。

 両手には大きなトランクを持ち、中から大量のメスを取り出し武器にしていた。反対の手には銃を仕込んだ黒い杖を持っている。道化のような化粧をしているが少しも滑稽ではなく、大きな体躯から漂う威圧感が雰囲気を異様なものにしていた。

 仮面のように張り付いた無表情から、感情は読み取れない。

 APFの職員は一人残らずアリスにやられている。その隙間を縫って、一人の少女が施設を駆けていく。

 年のころは12歳くらい、実験服のような白いワンピースを着て、黒く細いリボンで結んだ長い金髪をなびかせ、必死の表情で走っている。 

「待ちたまえ――」

 アリスはそういうと、両手に携えた複数のメスを少女に投擲した。少女を守るかのように、シナーズがアリスの行く手を阻む。

「邪魔立てするか、逃がさんぞメサイア」

 アリスはシナーズの腕の間接をメスで切り裂き、怪力で押さえつける。間髪いれず、片腕をむしりとった。シナーズが悲鳴を上げる。

 その隙に、少女は施設の外へ駆けていってしまった。

「よお二等兵。お前、また脱走したんだってな。面白かったか?」

 トレイシーがバイト先の飲食店・フルメタルジャケットに着くなり、店長のマッドジョーカー軍曹に背後から胸を揉まれた。

「やめてください店長(サー)!」

 セクハラは日常茶飯事だった。監獄街から脱走したいのはこの店長のせいもある。

 マッドジョーカー軍曹は三十代なかばの軍人で、黒いハンチング帽に胸板の見える黒軍服、黒い軍靴、後ろに結んだ黒髪という黒尽くめの格好に、偏執狂じみた双眸をしている。

 もとは優秀な軍人だというが、つかみどころのない変人だった。店も軍基地のようで、テーブル名に海域の名前がつき、出している食事は各国の戦闘糧食だった。ウエイトレスのトレイシーは二等兵と呼ばれている。

「脱走好きな二等兵よ、ここから無事に出たいんだったら、この店以外の飲食物は絶対に口にするなよ。戦闘糧食は足りてるか? 弟の分もだ」

 マッドジョーカー軍曹がまじめな顔で言ってきた。

 トレイシーはこの店が客に出している各国の戦闘糧食は嫌いではない。保存食なのだが味はいいからだ。マッドジョーカー軍曹は、この街にきて初日から店の戦闘糧食を店員に配り『出所まで、この街に流通するほかの食物を食べるな、後悔したくなければな』といい、物議をかもした。

「でも店長(サー)、なんでここの戦闘糧食しか食べちゃいけないんです?」

 店員の中でも珍しく、マッドジョーカーの言いつけを律儀に守っているトレイシー。マッドジョーカー軍曹は、店の掃除をしながら大げさな身振り手振りで応えた。

「それはな二等兵――」

「それは?」

 トレイシーが息を呑む。

「うちの戦闘糧食は食うとおっぱいがでかくなるからだ!ガハハ!」

 マッドジョーカー軍曹はそういうと、再びトレイシーの胸を揉んだ。トレイシーは顔を赤くしてやんわりと拒否した。

「おっいいぞ、二等兵。そのスレてない反応に心が洗われる! まあそれはジョークにしてもだ。足りなくなったら地下の倉庫からメシもってけよ。本当に後悔することになるからな。今は言っても信じられんか、俺が頭おかしいと思われるからな」

 いまも頭おかしいと思ってます、といいかけてトレイシーは口をつぐんだ。

「店長(サー)、あたし昨日の晩、おかしなものをみたんだ。シナーズって刻印がしてある化け物がいて、APFのグレアムにそれを言っても信じてくれなかったんだよ。警察を動かしたかったら証拠をもってこいって」

 マッドジョーカー軍曹の表情がかすかに変わった。

「シナーズねえ。広場の噴水にある彫刻の化け物じゃあねえか。それがこの街にいるって?」

「そう! 本当にみたんだよ! なんであんなのがいるのかわかんないけど……」

 マッドジョーカー軍曹が掃除の手を止めてトレイシーに言った。

「その『なんで?』は突き詰めると危険だぞ二等兵。APFがあてにならねえなら、あんまり妙な探究心を出さねえほうがいいな」

「でも! あんなのがいたら、今度も脱走できないじゃんか!」

 マッドジョーカー軍曹は吃驚した顔をしたが、直後に大笑いした。

「二等兵、おまえまだ脱走する気なのか? やめとけ、おまえは『脱走しようとしたから襲われた』とは考えねえのか? ここの罪獣は脱走者を見逃してくれるほどお優しくはねえと思うぞ」

「店長(サー)、なにか知ってるんですか?」

 トレイシーが神妙な顔で言った。
「俺にはいえねえことばかりだな。いいから牛乳配達いってこい。ここの連中はカルシウムが足りなすぎるんだ。昨日も店で騒ぎ起こしやがって――」

 マッドジョーカー軍曹がぶつぶつと恨み言を言い出したので、釈然としなかったものの、トレイシーは朝の配達に出た。 

 トレイシーが大通りに出ると、街で喧騒が起きている。罪人たちを集めた住人なので、皆気性が荒っぽい。毎日いたるところで人が殴られたり、殺されたり、犯されたり、薬物をキメたりしている。トレイシーはいつものルートで配達を終えると、店への近道である裏通りに入った。

「……」

 物乞いらしい少女が顔を隠すように毛布に包まって、路地裏に膝を抱えている。顔を伏せているが美しい少女で、長い金髪を結わえ、小作りな可愛らしい顔をしている。

 服装は白いワンピースを一枚を羽織っているだけだった。腕とワンピースの隙間から小さな胸が見え、こんな格好で路地裏にいるのはとても危険なことに思える。

 トレイシーの耳に、少女のおなかの虫が鳴くのが聞こえた。

「おまえ、腹へってんのか?」

 トレイシーはぶっきらぼうな口調でそういうと、革鞄からビンに入った牛乳と、フルメタルジャケットで売っているバランス栄養食のバーを少女に手渡した。

 少女はびっくりしたようにトレイシーを見て、あわてて食べ物を受け取った。それを子供らしい必死さで平らげると、我に返ったように再びトレイシーを見る。

 少女は足元にあった小石を拾うと、路地裏の壁に『ありがとう』と書いて、天使のように微笑んだ。

「いや、そんな、おおげさだな」

『しゃべれないの』

「!! ……そうなのか。今ので足りたか?」

「……!!」

 少女のおなかの虫がまた鳴いたので、トレイシーはくすりと笑った。

「店で一食おごってやるよ。 一緒にきな」

 トレイシーはそういうと、緊張気味の少女の手をひいて、バイト先のフルメタルジャケットへ戻った。

 メアリにフルメタルジャケットで食事を与えると、トレイシーはマッドジョーカー軍曹に断わりをいれ、APFの事務所にメアリを連れて行った。迷子かもしれないと思ったからだ。

「迷子――ではないね。登録されてないみたいだ」

 少女はグレアムの隣の椅子に座って、きょろきょろと辺りを見回している。

「この子、どうなるんだ?」

 トレイシーが心配そうに続けた。

「そうだね。APFが面倒見ることになると思うけど――」

「グレアムが?」

「まあ、こういうのは新入りの僕の役目だろうね……」

 それをきいた少女が、グレアムの手をとった。

「?」

『おにいちゃん』

 少女はグレアムの手のひらに、指でそう文字をつづった。そして、トレイシーを見てなにかをまたグレアムの手に綴ったようだった。

「はあ。なんか、店で見た君とジェットが仲のいい姉弟だったからうらやましかったんだって。それで僕を『おにいちゃん』だと……ってええっ!?」

 グレアムが驚いて立ち上がった。少女はグレアムを見てニコニコしている。

「ハハハ、いいじゃん。おにいちゃん頑張れよグレアム。ところで、この子、この街でこの格好は危ないと思うんだ。着替え持ってない? うちはジェットの男物しかないからさ……」

「ちょっと待っててくれ。たしか倉庫に服があったような」

 グレアムが盲導犬のパウエルを連れて倉庫へいくと、服を持って戻ってきた。トレイシーが着替えさせると、なぜか黒いゴシックロリータ服。少女にとてもよく似合っていたが、トレイシーは釈然としない顔でグレアムを見た。

「なんでこんな服が事務所に……」

「しるか!所長の趣味だよ。断じて僕の私物じゃない」

 グレアムがトレイシーの非難がましい口調を断じるようにいった。

『ありがとうおにいちゃん。この服とってもかわいい』

 少女はその服を気に入ったようで、天使のように微笑みながら、グレアムの手のひ
らにお礼を綴った。

「君、なまえは?」

 グレアムがそう聞くと、少女の表情が曇った。

『番号しか知らない』

 少女はそうグレアムの手のひらに綴ると、黙ってしまった。トレイシーは事務所にあった何気ない雑誌に、イギリスのセント・メアリ・ルボゥ教会の鐘の記事があったので「綺麗な時計塔だろ?」と励ますように少女に見せた。少女は目を輝かせて、メアリ、という単語を指で指した。

『名前、メアリ、がいい』

「メアリ、メアリが君の名前でいいのかい?」

 グレアムがそう聞くと、メアリがうなづいた。

「さっき雑貨屋でこれ買ったんだ。メアリが欲しそうに見てたからさ」
 トレイシーは雑貨屋のクラフト袋から、ウサギのぬいぐるみを取り出してメアリに渡した。メアリの表情がぱっと輝く。

『この子はダニエル。ウサギのダニエル』

 メアリが嬉しそうに、トレイシーの手のひらにそう綴ると、トレイシーも満足げに微笑んだ。

「そうかそうか。ダニエルやるから、おにいちゃんと仲良く暮らすんだぞ。それじゃ、あたしは店に戻るから――」

「お、おい待て! 僕だけに面倒見させる気か? 拾ったんだから君も責任を持てよ」

 グレアムがしどろもどろになってトレイシーにいった。女の子の扱いは苦手らしい。かといってグレアムの性格からしてメアリを浮浪児といって見捨てることもできないだろう。トレイシーが応えた。

「じゃあ二人で面倒見るってか? それも変な話だぞ」

「その変な話を持ってきたのは君だろう!」

『ごめんなさい、わたしのせいで…』

 グレアムとトレイシーの二人は、メアリのしょぼんとした顔にはっとなって言い争いをやめた。

『でも私、おにいちゃんとおねえちゃんを守れるよ』

 メアリはそうトレイシーの手のひらに綴るとにっこり笑った。

「守るって――?」

 トレイシーがそういいかけた時、心臓が凍りつく威圧感に口が利けなくなった。

「取り込み中のようだが――その少女をこちらに渡してもらえないだろうか」

 背後で低く響いた声。振り向くと、そこらに手配書が張られている人喰男爵のアリスが立っていた。後ろには大勢の部下が控えている。不気味なくらい丁寧な物腰だが、内に秘めた獰猛な気性がにじみ出ている。

 トレイシーの額に冷や汗が流れた。

 しかし、グレアムを見るとどこか平然とした顔をしている。盲目なのでアリスの異様さがわからないのだろうか。

「渡すってどういうことだよ」

 トレイシーがやっと言葉を搾り出した。アリスは口元だけで微笑んで続けた。

「そのままの意味だよ。その少女の面倒は私が見よう。そのことで先ほど彼と揉めていたではないか」

 アリスが親切な言葉を口にしたが、威圧感は変わらない。

 トレイシーは全身に汗をかいていた。

「ダメだ」

 グレアムがきっぱりと言った。

「街の中でも再犯を繰り返す重刑者に、子供を預けるわけにはいかない。帰ってくれ」

 グレアムは臆面もなくアリスに言い放った。

「ほう……?」

 アリスの部下でも気圧されるような存在感に動じていないのはグレアムだけだった。メアリは下を向いて震えている。トレイシーは冷や汗をかいて頭がくらくらした。捕食者と対峙しているようだった。

「ここから消えろっていってるんだよ」

 グレアムがアリスを睨み付けた。
 トレイシーは驚き、グレアムのどこにそんな度胸があるのかと肝が冷える思いだった。

「女性の前だからと頑張らなくてもよいのだよ。拒否されると力づくになってしまうが――」

 アリスはそういうと、改造銃を仕込んだ杖に手をかけた。それを見た瞬間メアリの目の色が変わる。

 メアリはその場から跳躍し、ゴスロリ服の袖から刃物のような武器を練成した。
 それが翼のように広がり、刃が一斉にアリスに襲い掛かる。アリスはその刃の数々を無数のメスを投擲して弾き飛ばすと、口元だけでにやりと笑った。

「命拾いしたなおまわり君。メサイアに感謝することだ」

 幾分かの刃がアリスの身体を貫き、出血していた。
 メアリは大鎌を練成するとアリスにふりかぶった。
 アリスは杖に仕込んだ散弾銃で応戦し、大鎌の刃を破壊。

 その隙にメアリはふたたび翼のように広がった刃で広範囲を攻撃した。
 建物や広場が刃で破壊されてゆく。
 アリスも受け止めそこなった無数の刃による攻撃を身に受け負傷していた。
 足元に血だまりを作っている。

 メアリもアリスの散弾を浴びて満身創痍、肩で息をしていた。

「そんなに消耗していいのかな? 君の罪は罪獣が背負うことになるぞ」

 その直後だった。

 上空からシナーズが現れ、広場に土埃を上げて着地すると、遠巻きにアリスとメアリの戦闘を見ていたアリスの部下たちを襲いだした。

「あ、あれ――!! 私が見た化け物だよ!」

 トレイシーがわけもわからぬまま叫んだ。

 シナーズは機械の装甲でできた鋏でアリスの部下たちを切り裂いてゆく。
 広場はあっという間に血の海になった。

 その中にぽつんと立つメアリ。
 
 メアリの負った傷は、シナーズが人を殺す毎に再生されてゆき、シナーズが暴れ終わるころにはメアリの傷は完治していた。

 メアリは返り血を浴び、さながら殺戮の天使となって広場の中央に一人立っている。同じく返り血まみれのシナーズは、メアリにひざまづくようにこうべをたれた。

 噴水の音だけがあたりに響いている。

 その光景は、噴水の彫刻に彫られた少女メサイアと、罪の獣シナーズそのもの。トレイシーは唖然としてそれを見ていた。

「シナーズによってエネルギーの補充を終えたか。メアリ……メサイアは、シナーズと連携した生体兵器だ。君たちはとんでもないものを拾ってしまったな」

 アリスは血まみれの姿でにやりと笑うと、その場から姿を消した。

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