ギルティタウン 

第五話 日常の終わり

罫線

 僕がCDショップにやってくると、店長が僕の頭をまた小突いた。

「なんかいいことでもあったのかボーズ。顔が笑ってるぞ」

 『HELL/HOUND』の曲が流れる店内で、昨日のイングウェイの生歌を聴いたことを思い出す。モップをかけながらニヤニヤしていたら、店長に不審な顔をされた。

「なんでもないよ店長。それから、昨日はバカなことしてごめんなさい。今日からまた店番頑張るから、これからも僕を使ってください」

 僕は満面の笑顔で、店長に頭を下げた。

「おうよ。何があったか知らんが、ガキは楽しんでるのが一番だ。神妙な顔して人生について悩むのは、大人になってからでも遅くねえしな」

 店長がCDの在庫をチェックしながら、笑って言ってくれた。

 ◆

「ボーズちょっとこい」

 休昼に店長に呼ばれた。

「どうしたの?」

 僕が尋ねると、店長がポケットから年季の入ったペンダントを取り出した。

「露天商がくれるってんで、貰ったもんなんだけどよ。独り身のオヤジがこんなもん持ってても怖えだろ?お前のお袋さんにでも、プレゼントしてやりな」

「えっ」

 華のペンダントヘッドの付いた上品なペンダントを、店長が僕に寄こした。

「いいの店長?僕にあげないで質に出せば、結構なお金になるのに」

 僕はびっくりして店長に言った。

「アホ!ガキのくせに夢のねえこと言うな!やるっつってんだから、黙ってもらいやがれこのボーズが!」

 僕はまた店長の太い腕でゲンコツされた。

 ◆

 夕方、僕は店長からもらったペンダントを眺めながら、帰り道を歩いた。昨日イングウェイが言った 、親は大切にしろという言葉を思い出す。どんなに僕を殴っても、母さんは僕を産んで育ててくれた。そのお影で、僕はイングウェイの音楽を聴けたし、イングウェイとも話せた。ぶっきらぼうだけど、気のいい店長とも会えた。ブルータルだけど優しい、保安官のリッチにも会えた。そう思うと、今まで母さんを心のどこかで恨んでいた気持ちが薄くなった。

 ほんとに、ごくたまに、機嫌のいい時の母さんは優しい。柔らかい手で僕を撫でてくれる。僕はその時の母さんは大好きだった。僕はポケットに入っていた小銭で、雑貨屋から赤いリボンを買い、ペンダントに巻き付けた。母さんがプレゼントを喜んでくれる顔を思い浮かべたら、温かい気持ちになった。カプセルホテルに着いて、家の扉を開ける。

「ただいま」

 母さん、いるかな。僕は母さんの部屋を覗いた。その瞬間、愕然とした。母さんが血塗れになり、ブラウンの髪の毛を波立たせ 、ベッドの上にうつ伏せになって死んでいた。 握りしめていたペンダントは、血を吸った絨毯にポチャンと音を立てて落ちる。呆然としていると、キッチンの方から物音がした。振り向くと、 母さんが家に連れ込んでいる若い男が、真っ赤になるほど返り血を浴びて立っている。僕の姿を見るなり、男が気味の悪い笑顔を見せた。

「お前の母さん殺しちゃったよ」

 生気の宿らない目で僕を見ながら、若い男は淡々と喋る。 僕は頭が真っ白になって動けない。

「キャメロットに一緒に暮らそうって、プロポーズしたんだ。二人で暮らすにはお前が邪魔だろ?だからお前のこと殺していいかって聞いたらこの女、逆上してもう来ないでとかぬかしやがった。挙げ句、お前が帰ってこないって、俺を放って家出てこうとしたんだぜ」

 男がじりじりと近づいてくる。

「だからオマエも、母さんとこに行けよ。今追えば、きっと追いつくぜ」

 男はそう言うと、母さんの血のついた包丁を、僕めがけて振り下ろして来た。

 僕はとっさに逃げようとしたものの、肩を斬りつけられた。傷口が焼けるように痛い。血が噴き出して、僕の頭は余計に混乱した。キッチンに向かって必死に震える足を動かし、逃げようとしたが、男は刃物を振り回しながら、追いかけてくる。僕は棚にあった皿や、ティーカップを投げた。それは壁にぶつかって割れ、破片が男の右目に刺さり、獣のような悲鳴が部屋に響いた。

「痛えなふざけやがって、ちくしょう、ぶっ殺してやるこのガキ!」

 男は右目から血を噴き出しながら、さっきよりも勢いづいて、僕に斬りかかってくる。今度は思い切り背中を切らて、僕は転んで動けなくなった。途端に涙が出て止まらなくなった。今日からもっと頑張ろうと思ったのに、母さんと仲直りしようと思ったのに。母さんは殺されて、こんな事で僕は死ぬのか。そう思ったら悔しくて涙が止まらなかった。

 その時、けたたましい銃声と共に、男が僕の体に倒れ込んで来た。男の体から血が噴き出している。部屋の入り口に、猟銃を構えた保安官のリッチがいた。僕は血だらけで、放心したままリッチを見た。

「……この建物から、女性の悲鳴が聞こえたと通報があったんだ。君のお母さんだったなんて……なんてこった……」

 リッチは、母さんの死体を見るなり口ごもってしまった。

「アッサム、怪我は大丈夫か。すぐに事務所に戻って、手当してやるからな」

 リッチは僕を抱え上げると、バイクに乗せて保安官事務所へ向かった。日が落ちて、青ざめた月が夜空に顔を出している。僕は無意識に涙を流しながら、バイクから落ちないようにリッチのお腹に腕を回し、体に掴まっていた。

 保安官事務所に付くと、リッチは僕をベッドに寝かせた。 リッチは医療道具を二階から持ってくるからもう少し我慢してくれと言い残し、二階へ走って行った。ベッド脇のサイドボードに、リッチが地下室の扉を開ける時に使っていた鍵が無造作に置いてある。僕はそれを手に取ると、ベッドから起きあがり、フラフラと地下室へと続く階段を降りていった。重いドクロの扉をやっとのことで開け、ふらつく足で、ギルティタウンへ続く回廊を歩く。

 途中で何も考えられなくなり、目の前が真っ暗になった。

 遠くで僕がプレゼントしたペンダントを身につけて 、微笑んでいる母さんが見えた。

 僕はかすれた声で何か言おうとしたけど、その前に母さんは消えてしまった。


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