ギルティタウン 

第四話 歌う八百屋

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 僕は音のする方角へ群がる人波をくぐり抜けて進む。過激な曲に合わせて乱闘が起きていた。怪我人の治療をドクターカーカスと、看護婦アンジェラが死にもの狂いでこなしている。

 人だかりの中心に、イングウェイがいた。

 自曲を流し、僕の大好きなパワーメタルを歌っている。 イングウェイはこっちの街でもミュージシャンだったんだ! 僕は嬉しくなって、飛び上がりたい気分だった。イングウェイの歌声は、聴衆がバカ騒ぎをする中でも一切かき消されず、音割れもせず、ストレートに脳天に響く。

「イングウェーイ!」

 僕が金切り声を上げ人の波に飛び込んだ瞬間、曲が終わった。静寂の中、僕は大衆の間からイングウェイの足下にベチョッと落ちた。数センチ先にイングウェイの足がある。

『オオ、威勢いいなチビ』

 憧れのつり目に見下ろされ、僕はもういっぱいいっぱいだった。その後三曲、イングウェイの歌を地べたに倒れたまま聴いた。聴衆に何回も踏まれたが、僕はおかまいなしだった。

『今日はこれでお終いだ。ここにいる奴は野菜も買ってけ。買っていかないバカは殺す。まけてとか言うバカはもっと殺す』

 イングウェイは背後のライブハウスのような建物を顎で指す。不気味な落書きが施された物体が、ワゴンに行儀良く並んでいた。イングウェイはそれを『野菜』と呼んだが、リンゴやバナナに見えなくもない。聴衆は狂ったように、ワゴンに並ぶ邪悪な野菜を買っていく。

「チビ起きろ。お前何買いに来たんだ?もうほとんどなくなっちまったぞ」

 聴衆が帰っても転がっている僕に、イングウェイが話しかけてきた。

「買う?」

「ここは八百屋だ。見りゃわかんだろが」

「やおや!?イングウェイが八百屋!?」

 僕は衝撃のあまり叫んだ。イングウェイが八百屋だと言い張るそれはライブハウスにしか見えない。黒い装飾にイングウェイお得意の、下手くそな殺人ウサギ・バーニーが描かれた派手な看板。文字はもう、なんて書いてあるのかまったく読めない。CD販売用のワゴンには不気味な野菜が並んでいる。人間の食べ物なのかと目を疑う程、イングウェイの不気味な落書きが施され、奇怪な野菜は売れに売れて数個しか残ってなかった。

「あれは食べ物なの?」

 僕は地面にうつぶせせた状態のまま、恐る恐るイングウェイを見上げて言った。

「当たり前だろ。失礼な事ぬかすチビだな」

 僕の神妙な面持ちが気に入らなかったのか、イングウェイは拳で僕の頭を挟み込み、グリグリとねじる。
 イングウェイに絡まれたのが嬉しくて、僕は思わず笑顔になってしまった。

「な、何笑ってんだお前、あぶねえ野郎だな」

「アッサム!」

 背後からリッチが小走りにやってきた。

「一人で歩いたらダメだろう。何かあってからじゃ遅いんだぞ」

 リッチが僕を抱き起こして言った。

「ブルータルリッチと一緒に居る方が危険なんじゃねえのか。このチビ、リッチの連れかよ」

 そう言うと、イングウェイはギターやアンプを店の中に運び始めた。

「イングウェイ、この子はお前の熱狂的なファンらしいぞ。お前んとこの不気味なリンゴに、サインでも書いてやったらどうだ」

 リッチがワゴンに乗っている、不気味なリンゴを手に取って言った。

「そう! 僕イングウェイみたいな大人になりたいんだ!」

 自分でもびっくりするくらい大声が出た。イングウェイもびっくりしたのか目を見開いた。

「フーン、お前八百屋になりてえのか」

 イングウェイが僕の頭をペチペチ叩きながら、物好きを見る目で言った。

「違うよ!」

 イングウェイは歪んだ笑顔を浮かべ、不気味なリンゴにミミズに似たサインを書いてくれた。

「僕、一生食べないでとっとく!」
「ウジ湧いても知らねえぞ」

 僕とイングウェイのやりとりを聞いていたリッチが笑っている。

「お店の中を見てもいい?」

 僕はドキドキしながら言った。

「勝手にしろ」

 イングウェイはぶっきらぼうにそう言うと、自分CDをオーディオにかけ、鼻歌を歌い出した。 イングウェイが八百屋だと言い張るそこは、ライブハウスか楽器屋の雰囲気だった。 打ち込みコンクリートの室内には薄暗い照明が灯り、至る所にスピーカー、楽器、CDが置かれている。壁には『HELL/HOUND』のポスターが貼られていた。黒いワゴンの中に収まる奇怪な野菜は、店の空間に馴染んで不思議だった。奥にはカウンター席と、小洒落たキッチンがあり、お酒が数種類置いてある。

「お酒も飲めるのここ?」

 売り上げの紙幣を数えているイングウェイに聞いた。

「その酒は俺のだ。 そこでサラダ作って客に喰わせたりするけどな」
「こんなカッコイイ八百屋、見た事ないよ!」

 僕は興奮して言った。

「わかってんじゃねえか。なんか食うかチビ」

 イングウェイが斑模様のオレンジを手に取り、ナイフで手早く皮を剥きながら言った。

「うん。何でイングウェイは野菜に変な顔描いて売ってるの?」

「ただ売るのは芸がねえから、野菜にペイントしたり 歌って客引きしてんだ。今じゃショッピングストリートで1、2を争う稼ぎ頭だぜ。商売はただ売るだけじゃダメだ、客を楽しませねえとな」

 イングウェイがドクロの皿にオレンジを並べて、僕の前に置く。イングウェイが切り分けたオレンジを食べれるなんて夢みたいだ。

「イングウェイが一番じゃないの?」

 僕はカウンター席に座り、オレンジを頬張りながら聞いた。不気味オレンジは瑞々しくて甘酸っぱい。見た目よりずっと美味しかった。

「向かいの肉屋が商売敵なんだよ。あの道場みたいな肉屋だ。知ってるか、格闘家のラウド・アークティカ。アイツは対戦相手を怪力で再起不能にしまくってこの街にぶち込まれたんだ。アイツの売ってる肉はあなどれねえ。毎日サンドバックに見たてて牛肉殴ってるらしいからな」

 イングウェイが忌々しげに言った。

「そんなに美味しいの?」

 僕は生唾を飲み込んだ。

「オレの野菜の方が美味いに決まってんだろ。けどアイツも路上パフォーマンスで面白いことしやがるんだ。肉の塊を手刀で切ったり、牛と戦ったりよ。やべえのが来たぜと思って、オレがここでサラダバーを始めたらあの野郎、テイクアウトのフライドチキン始めやがった。初めは牛肉しか売らないとか偉そうに言ってたくせによ!ふざけやがって」

 イングウェイがブランデーをラッパ飲みしながら言った。

「やっぱり僕、イングウェイみたいになりたいよ」

 この街は思ったより面白そうで、イングウェイは野菜を売っていてもかっこいい。

「オレは人殺しだぞ。そんで野菜売るハメになった。そんな奴に憧れちゃお終いだぜ」

 再びブランデーを煽りながら、イングウェイが言った。

「何でイングウェイは野菜売ってるの?」

「街にきた人間は、挨拶がてら街のボスに仕事を貰いに行くんだ。大体は希望の仕事に就けるんだが、ミュージシャンを希望したオレは無理だった。歌詞に暴力的な表現が含まれてるから、バカが影響されて暴れるからダメとか言われてよ。ボスは、街のバカが暴れ出すのは野菜が足りてないからだとほざき、今日からお前は八百屋だからひとつよろしくと、俺に野菜係を押しつけた。歌いたかったら八百屋やりながら歌えとよ。最初は絶望したけど、今じゃなかなか楽しいぜ」

 淡々と喋るイングウェイ。

「この街のボスって怖いの?」

「怖いなんてもんじゃねえよ。一回見ただけで泣きたくなる強烈な野郎だぜ。だから間違っても仕事なんかさぼれねえよ。ボスが直々に制裁にくるらしいからな」

 イングウェイが引き攣った顔で言った。

 吐き気を催すような歌詞を書くイングウェイが恐れるボスってどんな人なんだろう。

「バンドにしても『HELL/HOUND』のメンバーに適う奴なんているわけねえし、オレはここで野菜売ってんのがお似合いなんだけどな」

 イングウェイがポツリと呟いた。自分でバンドの仲間を殺した人間の言葉とは思えなかった。でも、なんでバンドのメンバーを殺したの? とは聞けなかった。僕が聞きたくなかっただけかもしれない。

「イングウェイ、僕もイングウェイみたいになれるかな。僕は絵が好きなんだ。でも僕、才能ないから何描いてもへんてこなんだよ。どうしたらイングウェイみたいになれるんだろう」

 僕はオレンジを頬張る手を止めて、憧れのイングウェイに聞いた。

「お前いくつだ」
「十歳」

「んなの、何描いてもへんてこで当たり前だ。オレなんか十歳の時、ギターも歌も詩もさっぱりだったぜ。でも俺は、ブルータルシティの孤児を歌でどうにかしたいっつう目標があったから、才能があるかなんて、二の次だったぜ。ないならつけりゃいいって思ってたからな。お前は絵が大好きなんだろ。だったら描くしかねえんじゃねえのか。頭に理想を思い浮かべてたって、絵は完成しねえだろ?『将来』や『いつか』なんて、今の積み重ねなんだ。今、下手くそだろうが死ぬ気描いて頑張らなかったら、お前の思う『将来』や『いつか』なんて、永遠にこねえんだぜ。『HELL/HOUND』だって最初はへったくそで、誰も見向きもしなかったんだぜ。見て貰えるまでひたすら歌いまくり、国中捜して、演奏力のあるメンバーも集めた。俺がブックレットに載せてる歌詞なんて、見てる奴いるかわからねえが、ありゃ全部、HELL HOUND(地獄の猟犬)が狩る人間について歌ったもんだ。俺が故郷で見てきた、最低な連中の事を詩にしてあんのさ。その曲の売り上げで、故郷の孤児に寄付金送れるんだから、今じゃあのひでえ連中に感謝してるくらいだぜ。初めはみんなそんなもんなんだよ。出来ないなら、出来るまでやりゃあいいのさ。お前が今、自分の絵で一番喜ばせたいのは誰だ?なにもなかったらそっから始めればいいだろ。才能なんて二文字で諦めるほど、人の努力は無力じゃないぜ」

 イングウェイが、僕にわかりやすい言葉を選んで、真面目に言った。

「イングウェイはすごい頑張ったんだね。もともと凄い人だと思ってた」

「根っから凄い奴なんかいねえと思うぜ。単に凄い奴になれるまで頑張る奴が少ねえってだけさ。がっかりしただろ、俺はただのメタル好きで、野菜売ってる乱暴者だからな」

「ううん。こんなに身近な人だと思わなかったよ。僕も頑張れるかな。ううん、頑張るんだ。僕はまだ始まってもいないや。絵で何を誰に伝えたいかも、僕にはまだない。これから見つけて、僕もやるんだ。ありがとうイングウェイ、やっぱり、僕のヒーローはイングウェイだ!」

 イングウェイが照れたのか微妙な表情を見せた。

「レベッカと同じ事言うんだな」
「?」

 イングウェイが呟くように言ったので、僕はよく聞き取れなかった。

「アッサム、日が昇る。ブルータルシティに戻ろう。君の母さんも、さすがに心配するよ」

 リッチが声を掛けてきた。

「親がいるなら大事にしろよ。親のいないオレにそんな事言われても、説得力ねえだろうけどな」

 イングウェイにまた頭を拳でグリグリされた。僕はまた嬉しくて、笑顔になった。

 ◆

 帰り際、ギルティタウンの入り口まで、イングウェイが送ってくれた。

途中で仕事途中の看護婦アンジェラとドクターカーカスに会った。

「坊やもう帰っちゃうの? また遊びに来なさいよ。来ないとぶっ飛ばすわよ」

 アンジェラが僕に投げキッスを浴びせてくる。 僕は不気味なリンゴを頬張るイングウェイと、終始無言のドクターカーカスに手を振って別れた。リッチと一緒に、保安事務所の地下へ続く回廊を歩く。

「イングウェイと話せて良かったね。 元気出たかいアッサム」

 リッチが僕の隣を歩きながら聞いてきた。

「うん、僕に足りないのは目的意識や頑張る事だったよ。心の底から好きな事で、僕も誰かを喜ばせるんだ」

 ゴーグル越しにリッチの目が笑っていた。

「あれ?イングウェイにサイン描いてもらったリンゴがないや」

「ああ、さっきイングウェイが食べてたよ」

「そんな……!ひどいやリッチ、見てたなら、かじるのを止めてくれたって!」

 僕は絶望した。口論しながら回廊を抜けると、リッチがギルティタウンへの扉に鍵をかけた。

「今日のことは、君と私との秘密だ。いいね、アッサム」

 リッチが念を押して僕に言った。

「分かってる。でもあんな街なら僕も住んでみたいな。乱暴者ばっかで危険と隣合わせだけど、みんな一生懸命でうらやましい」

 僕は素直な感想を言った。

「真面目にやろうって気になるだろ。自分より悪い奴らが頑張る姿を見てここに来る不良共は自分の事を考え直して帰っていったよ。ただ罪の街の連中を見て『いい人』だとか『可哀相』とか、褒めたり同情しちゃいけないよ。悪人が頑張り始めると美しい行いに見えるかもしれないが連中は当たり前の事を始めただけだ。この世で一番素晴らしいのは、境遇に負けず、地上で真面目に頑張る人間だよ。それを知りつつ真面目に生きる人達の平穏を奪い非行や犯罪に走る奴はどうしようもないがね」

 リッチは苦笑いで言った。長い階段を登ると保安事務所の地下通路に出た。僕のお腹が鳴ったので、リッチがトーストと目玉焼きを作ってくれた。朝御飯を食べ終わるとリッチにお礼を言い、保安官事務所の外に出た。いつもと変わらない、よどんだ朝日がブルータルシティを包んでいる。

「夢みたいな出来事だったな」

 僕はそう呟いて、街に向かって歩き出した。

 バイトの時間に遅れそうだったので、僕は家には戻らず、駆け足でCDショップへ向かった。


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