第三話 月下の戦い

「メイル聞こえるか、ここから西の方向に夜都ダロネアという反乱軍の駐屯する街がある。我々はそこに向かう。王政やヴァルバ正規軍、特殊部隊ウィツィロトに反感を持つ者たちの集まりだ。快くとは行かないが、迎えてくれるのではないかと思う」

「まさか、本当に飛空挺(シュガルラ)から脱出できるとは思いませんでした――ありがとう、ブロスさん」

 ブロスの駆る人型の黒いライドギア、インフェルノに向かってメイルが通信で呼びかけた。

「礼をいうのはまだ早いぞ。追っ手が来た!!」

 ブロスがそういうと、背後からドラゴ将軍のライドギア・ムスタバルと、副官ヘルダーのライドギア・ヴィオーラが後を追ってきた。ムスタバルとヴィオーラの動きが、操縦席の立体モニターに表示される。

 ムスタバルは爆裂する黒斑を無数に、スペリオールラグーンとインフェルノに向けて打ち出してくる。器用に躱していくスペリオールラグーンとインフェルノ。

 ムスタバルの巨躯は重量があるので、スピード面では身軽なヴィオーラに劣る。ヴィオーラがムスタバルを追い越し、ブロスのインフェルノに接近した。

「よくも先ほどはドラゴ様の腰巾着などといってくれたな!! マグネ【磁界】!!」

 ヘルダーが激昂してブロスに呪文を放った。強力な磁場が発生し、インフェルノがヴィオーラに引き寄せられる。

「腰巾着に、腰巾着といって何が悪い!!」

「貴様!! 私はドラゴ様の右腕だ!! ドラゴ様に取り入る腰巾着などではない、信頼関係で結ばれているんだ!!」

 ヴィオーラの磁力で引き寄せらせ、磁場の中心に行くほど機体をメキメキと圧迫される。すさまじい磁力を前に、インフェルノの外殻が破壊されつつあった。

「それは悪かったな。そんなに清い関係だとは知らなかった。だがヘルダー、お前にも知らないことがあるんじゃないのか?」

「なにっ!?」

「メイルではなく私を追ってきたことが間違いだったな。磁力は加熱により分子配列が狂い、その力を失う。インフェルノの業火に焼き尽くされろ!! アグニ【爆炎】!!」

 磁力の中心に飲み込まれる寸前で、インフェルノは爆炎の呪文をヴィオーラに浴びせた。炎による熱で磁力が無効化され、炎の爆発に巻き込まれたヴィオーラは破損し、夜空を落下していった。

「ちっ、何をしているヘルダー!」

 ドラゴは舌打ちをすると、スペリオールラグーンを駆るメイルに向かって、ムスタバルを疾駆させた。スペリオールラグーンに打ち込まれる重力の黒斑を器用にかわすメイルだが、他のライドギアが扱えるはずの呪文がないことが、スペリオールラグーンの弱みだった。

「スペリオールラグーン、呪文を! 私に呪文の力を!」

 メイルはそう念じて叫ぶと、脳裏に単語が浮かぶ。スペリオールラグーンに促されるまま、メイルは呪文を唱えた。スペリオールラグーンの動力炉に白光が収束される。

「焼き尽くせ! エンリ【光柱】!!」

 スペリオールラグーンが、ムスタバルに向かって広範囲の光の柱を浴びせた。突然の呪文に面食らったムスタバルは、もろに攻撃を受け、破損しよろけた。その隙にライドギアの出力を一気に上げて、ムスタバルとヴィオーラの二機を引き離す、スペリオールラグーンとインフェルノ。

「ひとまず引き離しましたね」

「ああ。もう少しで夜都ダロネアだ。しのげるといいが……!」

 次の瞬間、デコイ(複製)を装填したヴィオーラが、魔力爆弾を詰んだ数機の幻影を作り、突進してきた。自爆目的でインフェルノに特攻してきたヴィオーラのデコイ。インフェルノはデコイに衝突し、装甲を剥ぎ取られる。

「デコイの連続特攻に耐えられるかな!?」

 デコイは次々とインフェルノへ向かって、神速で特攻した。

「おのれ! ロンド【輪舞】!!」

 ブロスは踊るような連続攻撃を見舞って応じるが、デコイの一機取りこぼしてしまった。正面から、デコイの圧縮された魔力エネルギー爆弾を喰らい、海面に打ち落とされるインフェルノ。

「ブロスさん!! このぉ、エンリ【光柱】!」

 メイルは海水に半身を沈めたインフェルノを見やり、ヴィオーラに向けて光柱を見舞った。軌道を変えて空に放たれるそれを、器用に躱していくヴィオーラ。

「スペリオールラグーン、お前重そうだな。ダイエットさせてやろう。質量が思いほど、私の磁力が強く働く。圧縮されてスクラップになってしまえ! マグネ【磁界】!」

「あぐっ!」

 メイルは強力な磁力で、ヴィオーラに引き寄せられる。磁場の中心に近づくほどに、機体が強烈に圧迫され、押しつぶされそうになる。軋む操縦席で、メイルは苦悶した。

「よくやったぞヘルダー!」

 ドラゴ将軍の駆るムスタバルがスペリオールラグーンに追いつき、スペリオールラグーンに重力エネルギーをまとった乱撃を連続で喰らわせた。黄金の装甲が破損するスペリオールラグーン。

「くそっ、動けインフェルノ!!」

 海水に半身を沈めたインフェルノは動かない。動力炉に古代魔術(エンシェントルーン)のエネルギーがインフェルノの全身を徐々に循環しはじめると、ようやく身体が自由になる。

 ブロスはメイルのいる空域に飛翔すると、爆炎の呪文を広範囲に放った。爆炎の熱量によって、メイルを苦しめていたヴィオーラの磁界が無効化される。

「このまま一気に突っ切るぞ。振り向くな!」

 ブロスはそういうとインフェルノの最大出力で、夜都ダロネアへ向けて疾駆した。それに続くスペリオールラグーン。

「逃がすか! なにっ!?」

 前方の空域には、飛空挺が複数待機していて、ムスタバルとヴィオーラに対空ミサイルを放ってきた。それを躱して空中に留まるムスタバルとヴィオーラ。スペリオールラグーンとインフェルノは、飛空挺を通り過ぎ、ダロネアの領空内に入っていた。

「チッ、反乱軍か。内通していたとはな」

 ドラゴ将軍は忌々しげに、反乱軍の飛空挺に無線を繋いだ。

「おい、先ほどダロネアの領空に入った逃亡者二人の身柄を引き渡せ! そんな武装で、戦争でもするつもりか?」

「ただちにこの場所から引き返しなさい、ウィツィロトの兵士よ。逃亡者二人の身柄はこれから反乱軍のものとなります。ただちにこの場所から引き返しなさい。たかが一任務を、街を巻き込んでの戦争に発展させたいのですか? あなた方が遣える皇帝がそれを望むとでも? 《《皇帝に事実を伏せての任務中でしたら申し訳ありませんが》》」

 知的な女性の声が響く。舌打ちするドラゴ将軍。

「いいだろう。一時撤退だ。しかし今日がなんの日か忘れたか黎月将。大流星群の日だ。一日中夜の続くダロネアには一晩中ルインフレームが現れ続けるぞ。お前達が逃亡者を引き渡さないなら、ヴァルバ正規軍によるダロネアの警備も撤退させる。それでもいいのか?」

「構いません。ダロネアの防衛は我々反乱軍だけで結構。ただちにこの場所から引き返しなさい」

「明日にはダロネアが廃墟になっていてもいいという覚悟があるんだな? 勝手にしろ」

 ドラゴ将軍はそういうと、ヘルダーを率いて自分の飛空挺(シュガルラ)に引き上げていった。

「怪我はありませんか?」

 黎月将と呼ばれた女性が無線でメイルとブロスに問いかけた。

「二人とも無事だ。恩に着る」

「助けてくれてありがとうございます」

 メイルはお礼をいったが、同時に、どうして自分たちのような面識のない者を、危険をおかしてまで助けてくれるのだろうという疑問も沸いた。

「続きの話は駐屯地で。あなた方に訊きたいことがあります。私は反乱軍コヨル=シャウキの黎月将ルナ。お見知りおきを」

 ルナはそういうと、待機させていた飛空挺をダロネアのキャンプに撤退させた。

「だから俺は、反対だといったんだ」

 傭兵のような武装に身を包んだ、拳月将のジュドーが忌々しげに口を開いた。反乱軍のアジトで、居心地悪そうに佇んでいるメイルとブロスを睨みつけている。

「こいつらのしている指輪を見ろルナ。ただの指輪じゃない。ライドギアを召喚できる指輪だ。エドゥアルド人がどういう存在が、知らない訳じゃねえよな?」

 ルナと呼ばれた黎月将は、声から想像した女性よりはるかに若い。少女といってもいい年齢だ。長い銀髪を結わえ、露出度の高い鎧に身を包んだ、息をのむほど美しい少女だった。

「こいつらは、強力なライドギアを召喚して戦える代わりに、その指輪の力でルインフレームも引き寄せちまう。なんでこいつらを迎え入れて、反乱軍を危険にさらさないといけないんだ? よりにもよって今夜、大流星群の日、ルインフレームが大量にダロネアに現れようとしてる日にだ!」

 ジュドーは思いきり机を叩き付けた。周囲の人員は驚いてはいるが、ジュドーと同意見、といった様子で、怖々うなづいている。他の反乱軍のメンバー、獣月将オグマは我関せずの態度を貫き、血月将カレンは気まずそうにジュドーとルナの顔色を伺っていた。

「まあまあ、ジュドーさん、ルインフレームが現れるのは今に始まったことではないし、この人達のせいってことはないでしょう。今後のために、今夜、街の防護壁にルインフレームを退ける結界を張ろうと相談していたところではありませんか?」

 険悪な雰囲気になったルナとジュドーの間に、ギャンブラーのような格好をした優男が仲裁に入る。ふざけているのか、メイルとブロスを模した人形を操り、ジュドーの神経を逆なでている。遊月将のシグルーンだった。

「ひっこんでろシグルーン! 今回の流星群は例年と桁が違う。強化されたルインフレーム共が、夜が続くダロネアに、一日中現れるんだ。一晩凌げばなんとかなる他の街とは違うんだぞ! オメーは黙ってお人形で遊んでろ!」

「おお、怖い!」

「……そうだ。エドゥアルド人がいるから、護龍の人間はルインフレームに怯えているんじゃないか。せっかくエドゥアルド人を宇宙に追いやったのに、なんで戻ってくるんだよ。自分の街を頼ればいいだろう! 早くここから出て行け!」

 反乱軍の人員の一人が、石をメイルとブロスに投げた。

「そうだ! エドゥアルド人は出て行け! 災いを持ち込むな!!」

 石が次々二人に投げつけられる。メイルを腕に抱きしめてかばうブロスだったが、表情は苦悶に満ちている。ブロスが口を開いた。

「確かに我々の指輪の力は、ルインフレームという脅威を呼び寄せてしまう。だが、だからこそ、それを打ち破るためのライドギアの力を持って生まれてくる。ルインフレームが現れたら全て我々で対処する」

「嘘付け! そんな力がおまえらにあるもんか! ないから我々に助けを求めたんだろう! こんな奴らを反乱軍に迎えるなんて冗談じゃない!」

 反乱軍の人員は、なおも激しくメイルとブロスを糾弾する。

「我々は反乱軍に加盟したいとは思っていない。ただ、街にいることだけは許してもらえないだろうか。宇宙にある我々の街はもう全て滅びてしまったんだ。地上のヴァルバ正規軍の手によって――」

 ルナが同情的な表情を見せてなにか言おうとしたが、ジュドーに睨まれる。

「だから、お前らがダロネアにいれば、ダロネアが危険を被るっていってんだろ! 民間人を危険にさらすと分かっていて居座りたいっていうのか!?」

「ブロスさん、やっぱり出て行きましょう。私はルインフレームがどんなものか知らないけど、迷惑がかかるならやめましょう。私も辛いです」

「しかし、ルインフレームと我々が起こすという現象に、信憑性があるかどうかも怪しい。生まれつきライドギアという強大な武力を持つエドゥアルド人を迫害し、宇宙へ追いやるためのデマという可能性もありうるのだ」

 メイルに耳打ちするブロスだったが、メイルに石がぶつけられる。

「このガキ! ルインフレームがどんなものかわからないだと!? 何人の仲間がルインフレームにやられたと思ってる! 誰のせいだと思ってるんだ! お前らのせいだろう!! そうだ、こいつらを殺したらルインフレームも消えるんじゃないのか? この場で殺せ!」

「そうだ、こいつらを殺せ!」

「殺せ――! 殺せ――!」

 アジトの空気が異様なものとなる。怯えるメイルと、一怒りを讃えて今にもライドギアを召喚しそうなブロス。

「やめなさい!!」

 その空気を破ったのは黎月将ルナの怒声だった。

「反乱軍は、今まで助けを求めてきた者たちには惜しまず手を差し伸べてきました。なぜなら彼らは、私たちが作る新しい世界を担う大事な人材だからです」

 ジュドーはうんざりした表情でルナの話を聞いている。

「エドゥアルド人が災いを招くかもしれない伝承は知っています。でも本当に彼らが原因なのか検証したものもいません。不確かな情報を元にしての彼らへの中傷は許しませんよ」

 ルナが、ジュドーや反乱軍の人員を見回し、睨んだ。

「もし自分が彼らの立場だったら、先ほどの態度をどう思うか考えてごらんなさい。それにこの二人は脱出する際に、ヴァルバ正規軍やウィツィロトの情報を提供してくれたのですよ。その身に危険をおかしてまで、です」

「俺たちのこともたやすく裏切るかも知れねえけどな」

 ジュドーが吐き捨てるように言った。

「ジュドー! ……ごめんなさい、ルインフレームの強襲を連日受けて、皆ピリピリしてるんです。こんな状況で頼めた事じゃないけど、無線で話したとおり、あなたたち二人にはダロネアの上空で、ライドギアを用いて、ルインフレームの討伐をして欲しいんです」

 ルナが申し訳なさそうにブロスに言った。ブロスは頷いて承諾する。メイルもそれに習って必死に頷いた。

「その間に、我々が街の防護壁にルインフレームを入り込めないようにするための強力な結界を張りますから。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 ルナは罪悪感からか、部下をつれて居心地悪そうに退席した。

「せいぜいルインフレームと共倒れしないようにな。ま、そうなったら平和になるだろうが」

 ジュドーがアジトを出ようとするブロスとメイルに言った。

「善処するよ。助けてくれて恩に着る」

「けっ。うちの黎月将さまに礼はいうんだな」

 ジュドーは吐き捨てるように言うと、ルナに続いて退席した。反乱軍のアジトを出て、ブロスと二人きりになると、メイルは安堵で胸をなで下ろした。

「石をぶつけられたところは大丈夫か?」

 ブロスが心配してメイルの顔を覗き込んだ。

「大丈夫です。でも、私がエドゥアルド人だってことも初めて知ったし、皆さんによく思われていないことも初めて知りました。……正直ショックです。だからジムダルは、外の世界のことは知らない方がいいといっていたのでしょうか」

 メイルは悲しそうな顔で、ブロスの顔を見返した。ブロスの顔にはなんの表情もなかった。

「……そうか。なにも知らされていなかったか。私はこういう扱いには慣れているので大丈夫だが、その様子だと、ルインフレームどころか、封珠の御子がどういうものかと知らない様子だな」

「はい。なんのことだかわかりません……」

「まあ、おいおい話すさ。それより先に、ダロネアの警護をしなくてはいけない。それと引き替えに助けてもらったんだ。急ごう。今日は大流星群の日だ。流星の放つ魔力粒子を吸って、ルインフレームが強化される。長い一日になりそうだ」

「はい。ちなみに――ルインフレームとはどんなものなんですか?」

 メイルが申し訳なさそうにブロスに訊いた。

「ライドギアによく似た、幽界から現れる機械兵だ。中にニムロッドという生命体が寄生している。奴らは惑星の持つ魔力粒子を主食としていて、ターゲットに定めた惑星に住む動植物を外敵と定めて殺しにかかる。やつらは太陽光を嫌い、夜しか現れない」

 メイルは話を聞いて戦慄した。今までそのような存在を知らずに生きてきたからだ。

「それだけじゃない。ルインフレームは流星を呼び、流星を惑星にぶつけて破壊し、魔力粒子を吸うんだ。吸い尽くしたら、別の星へ。そういう生物だよ」

「それを今から倒しに行くんですね。ドラゴ将軍や副官のヘルダーの操る、ムスタバルやヴィオーラくらい手強いんでしょうか?」

 ブロスは微笑して続けた。

「一機の強さはたいしたことはない。生身の人間にとっては驚異だが、ライドギアを用いれば討伐も難しくない。ただ、数が多いので持久戦になるだろう。この街に朝はないから、ルインフレームが現れ続ける。そこが厄介な所だ……そろそろライドギアを召喚しようか」

 ブロスに促され、メイルはスペリオールラグーンを召喚した。それに続いてインフェルノを召喚するブロス。ダロネアの上空に飛翔するふたり。

 ダロネアの街では防護壁に反乱軍の人員が配置され、結界を設置する作業にかかっている。巨大な魔石を防護壁に打ち込み、石に呪文を刻んでいる。全て手動なので、あれでは時間がかかるだろう。

 ダロネアの夜空に美しい流星が無数に流れはじめた途端、上空から巨大な機械兵が現れた。ルインフレームの群れだった。

「あれですね」

 メイルは星の降り注ぐ空域へ、スペリオールラグーンを疾駆させた。ブロスは既にさらに上の空域で戦闘を始めていた。連続攻撃をルインフレームに浴びせて、数機を大破させている。強い。だが、空を飛翔してきたルインフレームの数が多すぎる。

 メイルはルインフレームの軍勢がブロスを取り囲む前に、広範囲攻撃を浴びせようと攻撃呪文を唱えた。スペリオールラグーンの動力炉に白光が収束される。

「エンリ【光柱】!!」

 白い光の柱はブロスのインフェルノすれすれに発射され、周囲のルインフレーム数十機を巻き込んで蒸発させた。今夜は持久戦になるだろう。エネルギーの消耗が激しいエンリの乱発はできない。メイルはブロスのように近接戦に持ち込もうと、無数のルインフレームに向けて夜空を飛翔した。

「ブロスさん、私の呪文は消耗が激しいので、乱発するとオーバーヒートで動けなくなります。なので私も近接戦で戦います」

「まて! キミの呪文の威力は先ほど見た。この数だ、広範囲攻撃のほうが効率がいい。私が近接戦で連続攻撃を見舞いながら、ルインフレームを一極にひきつける、ひきつけたところで呪文を放て。私の合図で私のいる方角へ向けて撃てるか?」

「わかりました。でも危なくなったら、私も近接戦に切り替えて援護に向かいます」

 ブロスは自身が囮になりルインフレームの軍勢をひきつけ、メイルから引き離した。メイルは海域に下降してくるルインフレームを、スペリオールラグーンの爪撃で各個撃破する。

「アグニ【爆炎】」

 ブロスの駆るインフェルノが呪文を放つ。インフェルノの持つ竜騎士の槍でルインフレームに連続攻撃を叩き込み、大群を引きつける間にも数機を大破させていた。ルインフレームの残骸が、メイルのスペリオールラグーンの傍を通り抜けて海に落ちてゆく。

 ビームサーベルを持ったルインフレームがインフェルノを囲み、インフェルノの動力炉に向けて斬撃を浴びせる。ブロスは数機の攻撃を紙一重でかわしたが、今夜は流星郡。ルインフレームの力は強化され、動きもいつもと比べて俊敏だった。

 夜明けまで続く戦闘は、消耗していくエネルギーとルインフレームの軍勢との持久戦になってくる。ブロスは既に数十機のルインフレームを大破させていたが、夜空から絶え間なく下降してくるルインフレームの勢いは衰えない。

「いまだ、撃て!」

 ブロスがルインフレームの軍勢をひきつけ、メイルに広範囲攻撃であるエンリを放たせた。軍勢が一瞬で蒸発する。ブロスは余裕のできた空域で一息ついた。メイルもほっと胸をなでおろす。

「む、あれは――見たことのないタイプの、ルインフレームだが――」

 ビームサーベルタイプではないルインフレームが夜空から降下してきた。ブロスが目を凝らしているうちに、ルインフレームが攻撃態勢に入る。装備が違う。持っていたのは荷電粒子砲だった。

「まずいぞ」

 ブロスはとっさにインフェルノに防御体制をとらせた。しかし強化ルインフレームから放たれた荷電粒子がインフェルノを機体をかすめる。粒子の当たった装甲が丸ごと持っていかれた。

 同時に、強化ルインフレームが携えた、イオンライフルの連射。インフェルノは負傷し体制を崩す。

「ブロスさん!」

 メイルは目前のルインフレームにスペリオールラグーンの爪撃を見舞いながら、負傷したブロスに叫んだ。ブロスはインフェルノを攻撃態勢に切り替え、竜騎士の槍で、強化ルインフレームに連続攻撃を浴びせた。だが強化ルインフレームは、装備も今までのルインフレームとは違い、頑強で、撃破させるまでに手間取る。

「強化ルインフレームが投下され始めたぞ、警戒しろメイル。ニアン【修復】!」

 ブロスが修復呪文を唱えるとインフェルノの装甲が修復されてゆく。ブロスは先ほどしたように、強化ルインフレームの軍勢を自身を囮にしてひきつけてゆく。だが今度は相手が悪い。善戦していたものの、一瞬の隙を突かれて、敵に囲まれてしまった。

 ブロスより下の空域で、複数のルインフレームを相手にしていたメイルは反応が遅れる。荷電粒子砲がインフェルノに直撃した。感電したように動作をとめるインフェルノ。

「くっ! よりによって今止まるか!!?」

「ブロスさん、今行きます!」

 メイルはブロスのいる空域に飛翔した。強化ルインフレームの巣窟。近接戦でダメージを負わせるものの、インフェルノほど近接戦に特化していないスペリオールラグーンは押されていた。

 背後でイオンライフルを構える強化ルインフレームがメイルに向けて光線を射撃した。イオンライフルの散弾がスペリオールラグーンの機体にめり込む。装甲が破損し、搭乗席に着弾の衝撃が走る。

「あぁっ!」

 メイルが悲鳴をあげた。

「馬鹿者! なぜ上に来た! キミでは無理だ」

 インフェルノが負傷した機体をおして援護に駆動しようとしたが、四方を敵に囲まれ動きを阻まれる。完全にルインフレームの軍勢に囲まれたブロスは、舌打ちをしてメイルに通信で呼びかけた。

「止む終えん、メイル、そこから私に向けて呪文を放て! この至近距離なら軍勢でも一撃で消滅させられるはずだ」

「だ、駄目です! ブロスさんに当たってしまいます!」

「一発なら凌げる。早く撃て! キミも背後を囲まれているぞ! 強化ルインフレームが、キミの元へ向かう前に早く呪文を! 躊躇うな!」

 ブロスがもどかしげに、メイルを叱咤した。

「だめです……できません、ブロスさんまで死んでしまうかもしれません!」

 ブロスは諦めたかのようにため息をつくと、メイルに向かって呼びかけた。

「大丈夫だメイル。私は死んだりしない」

 メイルを安心させるための――決死の覚悟で見せた笑顔が、通信で搭乗席に映った。

「――っ」

 メイルの胸に、痛みとは違う何かがよぎる。

「うぅっ、ジムダル、私はどうしたら――! そうだジムダルの呪文! 私にもシャマシュのあれが使えたら、あるいは――!」

 メイルは頭の中で祖父ジムダルの駆るシャマシュの技、アルム【光閃】を思い浮かべた。シャマシュはルインフレームが嫌う太陽神を模したライドギア。呪文は精神の具現化。イメージできるなら、スペリオールラグーンの技に出来る。

 メイルは祈るように祖父の呪文のイメージを頭の中で反芻した。メイルの中に優しいジムダルの記憶が蘇る。記憶の情景にふれ、メイルの頬に涙が流れた。

「ジムダル、ジムダルの力を、私に少しだけ貸して下さい――!!」

 スペリオールラグーンの動力炉にアカーシャの光が収束する。

「アルム【光閃】!!」

 メイルが攻撃呪文を口にした瞬間、アカーシャの光線が乱れ撃たれた。ブロスのいる軌道を除いて。プラズマの乱閃はブロスを取り囲んだ強化ルインフレームを各個撃破した。

「これは王(ルガル)の……! ばかな、ライドギアの技をコピーするなど……」

 ブロスは驚きの滲む声音で言った。インフェルノは余白の出来た空域を飛翔し、残りの強化ルインフレームに、出力を高めた連続攻撃を見舞った。

「ロンド【輪舞】! 」

 竜騎士の槍が強化ルインフレームを貫き、数機を一度に大破させた。メイルはアカーシャの乱閃を広い空域に放ち、一気に軍勢を消滅させる。エドゥアルドの太陽神の名を冠したシャマシュの呪文。ジムダル譲りの技は、凄まじい威力だった。

 突如、ライドギアの操縦席に黎月将ルナからの通信が入った。

『ありがとう二人とも。結界の設置は無事に終わりました。ダロネアの上空にルインフレームが嫌う強力な太陽光線の古代魔術を召喚する呪文を、防護壁に刻み込んだんです。これで街に侵入されることはないでしょう』

「よかった…!」

 メイルは安堵してルナの通信に応えた。ブロスも安心したように頷いた。

『あなた方が上空で戦ってくれたお陰で、作業中の被害はゼロです。本当にありがとう! 二人とも街に降りてきてどうぞ休んで下さい。部屋は竜の爪亭という宿屋に予約してありますから』

 ルナの弾んだ声が通信に響く。二人はダロネアの街に降り立つと、指輪にライドギアを収納した。竜の爪亭の看板がすぐ側にあったので、二人は迷わず宿にたどり着くことが出来た。

「お帰りなさい。待っていましたよ。ダロネアの為に戦ってくれて本当にありがとう。お陰で被害がゼロで済みました。喜ばしいことです。反乱軍のメンバーも、あなたたちの戦いを見ていたので、これからはきつく当たらないはずです」

 ルナは竜の爪亭に入ってきたメイルとブロスに、親しみを込めて握手した。

「えへへ、喜んでもらえてよかったです。こちらこそ助けてくれてありがとう、ルナさん」

 メイルがおずおずと、ルナにお礼を言った。

「ルナでいいですよメイル。二人とも、食事を取って入浴などしてゆっくり休んで下さいね。またルインフレームの攻撃が激化したら街の警護をお願いするかも知れませんが、それまでは街で自由に過ごして下さい」

 ルナはそういうと、にっこり微笑んで部屋を出て行った。

「ルナさんはとても優しい人ですね。こんなによくしてくれるなんて」

「そうだな。反乱軍のリーダーだけあって、優しく思いやりがある。人望もあるだろうな」

 ブロスも頷いて応えた。二人は食事と入浴を終えて、部屋で寛いでいた。ブロスがベランダで月を見ていたので、メイルもベランダに出て、月を見た。メイルはブロスの横顔を眺めたが、今まで慌ただしかったので、初めてまともにプロスの顔を見た気がした。

「どうしたメイル?」

 ブロスがメイルの様子を不思議に思ったのか、メイルの顔を覗き込む。

「いえ、なんだか不思議だなあって。ブロスさんとは会って一日も経ってないのに、なんだかずっと一緒にいるみたいだなあって錯覚していました。ブロスさんが信頼出来る人だっていうのは、今までの戦闘でよくわかったので……ブロスさんが自分自身を囮にして戦っていた時は、ひやひやしましたが――」

「先ほどの戦闘、私が危なくなったとき、強化ルインフレームの群れに突っ込んできたときは驚いたが、勇気があるな。キミは信頼できるライダーのようだ」 

 ブロスは微笑んで、片腕を差し出した。メイルに握手を求めているらしい。メイルは小さな手を伸ばしてブロスの手を握った。大きくて温かい手で、メイルはなんだかくすぐったい気分になった。

「誰かの為に戦うって、暖かいことなんですね。こんな気持ちは初めてです。私――ジムダルにもにもいえなかったことがあるんです。私はいつも虚無感があって、何に対してもあまり感動できなくて、どこか冷めているところがありました」

「そうか。私も冷めている方なので、気持ちはわかるよ」

「はい。だから人生の中で「本物」とか「生きている実感」が欲しかったんです。でもさっき、ブロスさんと一緒に戦っていたとき、ブロスさんが自分を撃てといって笑ったときに、自分の窮地でも相手のために微笑むことの出来るブロスさんを見て、なにかこう――本物だなって感じがしました」

「自分ではよくわからんがね」

 ブロスが照れたように言葉を濁した。

「それで、ブロスさんを助けるために、新しい呪文を成功させようと必死になっているときの私は、虚無感なんて感じてませんでした。生きているって感じがしたと今なら思います。だから、私、ブロスさんと出会えたのは幸運でした。医務室で会ったのがブロスさんで本当に良かった」

 メイルが微笑んでブロスに言った。

「君が笑った顔は初めて見たな。自分自身の虚無や欠落について考えても、人間は生きてきたとおりにしかならないものだ。空虚ならば、自分で生きる指針を作らなくては。キミがこれから何をするかのほうが大事ではないかと私は思う。それを考えているうちに、キミの中に本物が芽生えたり、生きている実感というのがわかるようになるさ」

「私の中に本物……? ブロスさんみたいに命が懸かった窮地で、相手のために微笑める人になれるんでしょうか? 私は泣いてしまう気がします……」

「それはなんともいえんな……だが私にいえるのは、キミは笑っていたほうが好ましい。私は大人だ。キミのような者がそういう想いで泣かないように、キミの困難を取り除く人間でありたいと思う――君は信頼できる戦士(ライダー)だからな」

「戦士(ライダー)ですか――私がそう名乗っても、おかしくないでしょうか?」

「おかしくないさ。街を一つ護ったんだ。自信を持ちたまえ。君は立派なライダーだよ」

 メイルは自分の中に出来た言葉を、一字一句確かめるように呟いた。そこにメイルの人生における「本物」のきざしが感じられたからだ。

「私も君と一緒に戦うことで、長らく忘れていた「人の為に戦う」という気持ちを思いだしたよ。私にとっても、君との出会いは幸運だった。ありがとうメイル」

「こちらこそ、ブロスさん」

 親子ほど体格差のある二人は、ダロネアの夜空に浮かぶ大きな満月の下、大きな掌と小さな掌を再び硬く結ばせた。

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