第九話 神殿ムーンソロウ

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 薄暗い拷問室。ジークは天井から下がる鎖に両手を繋がれ、身体を吊るされていた。アサシンスーツは破け、身体の至る場所に、刃物による深い裂傷が刻まれている。

「……」

 ジークは声一つ上げずに、痛みに耐えている。自然治癒力の高いジークへの尋問は苛烈を極めた。自身の血飛沫を浴びたジークの顔に、水が浴びせられる。

「バカやっちゃったねえジーク…痛いでしょ、慰めてあげよっか」

「大丈夫だ」

 ジークの軍機違反による処罰を請け負ったのは、同僚のキルシェだった。この処罰は、ジークが反乱軍と繋がっていないかの尋問でもあった。キルシェによる尋問は容赦ない。血まみれのガリアンソードを手に、キルシェが美しい顔を歪める。

「何が大丈夫なのよ? そんな訳ありの焼き印押されて、暗殺者もできなくなっちゃって、しかも何これ!? ドラゴンの幼体じゃないの! 帝国でドラゴンの所持は死刑、あんた死ぬ気なの!?」

「……よく同じ夢を見るんだ。騎士とドラゴンの夢もだが、幼い姉弟の夢」

「聞きたくないわ。私は夢物語じゃなく、あんたと反乱軍との繋がりを訊いてるのよ」

 キルシェが表情一つ変えずに、ガリアンソードを振るった。

「仲がいい姉弟だった。夢の中で俺には姉がいて、いつも姉の後ろをついて回っていた。面倒見のいい、優しい姉で、弟は姉を慕っていた。二人はどちらも孤児、どこの素性とも知れない子供で、本当の姉弟でもなかったが、繋がりは本当の姉弟より深かった」

「……」

 キルシェは黙って聞いている。その間にも拷問の手は緩めず、ジークにガリアンソードを振るう。

「二人は剣の腕が立ち、盗賊や傭兵まがいのことをして日々を暮らしていたが、腕の立つ二人は安定した暮らしを求めて、軍人を目指すようになった。だが、素性のはっきりしない二人は暗殺者としてしか雇われなかった。二人とも暗殺者として軍に身を置いたが、ある日、腕の立つはずだった弟が任務中に命を落とした。弟が最後に見たのは、弟の名前を呼びながら泣きじゃくる、姉の絶望しきった顔だった。そう、キルシェ……お前の顔だった」

 キルシェが無言で、ガリアンソードを握る手を降ろした。

「俺は夢の中でジーク呼ばれていた。そして俺は思った。これは夢ではなく、キルシェの弟の記憶じゃないかって。そう思えば、なぜか記憶をなくした俺に親身になって世話を焼くお前の行動も理解できる。俺がお前に対して持ってる、他人とは思えない親しみや、感情にも。それに、こんな仕事やってると、世の中の裏事情に詳しくなる」

「訊きたくないわ!」

 キルシェはガリアンソードを取り落とし、耳をふさいで頭を振った。

「昔ドラゴンの王がいた。白騎士と黒騎士を従えていて、黒騎士はドラゴンを裏切って自分が王になり呪われし太陽を操るようになった。ドラゴンは生きていて、軍隊の地下で記憶を失うまで拷問を受けた。その夢で思ったんだ。俺がそのドラゴンだったんじゃないかって。そして俺はそのドラゴンの記憶を持ったまま、人間として、お前の弟の身体を使って蘇ったんじゃないのかって。俺には記憶がないが、俺が見る夢が、俺の過去の記憶の断片なんじゃないかって──」

 キルシェの顔が凍り付く。

「ばっかじゃないの! 頭までメルヘンになっちゃったわけ? あんた自分がこれからどうなるかわかってる? 殺されちゃうんだよ! その焼き印で暗殺者としてエンシェントドラゴンを狩れないってわかったら、利用価値がなくなる、そうなったら、私が命じられてあんたを──」

 キルシェがやるせない表情で美しい唇をわななかせた。

「なんでか俺にはドラゴンの攻撃が効かないし、白騎士にゆかりのある反乱軍の連中は俺に対して思わせぶりだ。俺が思うのが、同じように暗殺者をしていて、帝国の裏事情に詳しいお前が、お前が俺のいっていることをわからないわけがないってことだ。目が覚めてから、お前は俺の世話役をしてくれたが、俺の出生だって知っていたんだろ?」

 キルシェの顔がこわばってゆく。

「俺はドラゴンと、お前の弟から作られた、魔造人間──なんだろ?」

「だったらどうするのよ。反乱軍と手を組んで今の帝国の執政者に復讐する? 反乱軍っていったってちっぽけなものよ? 従神を従える皇帝の相手になるわけない。あんたがやろうとしてることは死ぬより難しいことなのよ! 私たち暗殺者の末路は飼い主に殺されるしかないけど、でもなんでそんな死期を早めるようなことしちゃうのよ……私、今の生活だって我慢できたのよ、あんたがいたから」

 記憶に残っているキルシェの生い立ち。二人で遊んだ夕焼け。弟の盗みをかばって大人に折檻されるキルシェ。凍える寒い夜に二人で寄り添い、納屋で眠った夜。軍に入るために、長くきれいな黒髪を切って、従属を示す赤色に髪を染めたキルシェ。その記憶のなかで思うのは、いつも同じことだった。

「俺がお前に感じている感情は、お前の弟の感情かもしれないが……いつも俺を気にかけて、世話を焼いてくれるお前を、俺は──幸せにしてやりたかった」

 キルシェは絶句して、涙ぐんで、黙った。

「ジークは死んだわ。あんたの記憶は生前のジークの残滓よ。生前のジークの思いを、今のあんたが引き継ぐこともないわ。私とは、本当は……なんの関りもないんだから」

「でもお前は、記憶のない俺に優しくしてくれた」

 うつむいたキルシェの表情はわからない。

「コホン、痴話げんかもそのくらいにしてもらえないかなー、ボク言葉がわかるんだけどなー」

 拷問室の隅で、丸くなっていた幼い竜が口を訊いた。ジークがグランドロス討伐の際に助けた竜の幼体だった。自然治癒力が高くグランドロスに食われた身体の傷は、もうふさがっていた。

「ボク、そこのお姉ちゃんを助ける方法、知ってるよ」

 ふふん、といった様子でドラゴンが鼻を鳴らした。

「そこのボクの父さん、グランドロスを屠りやがったそこのジークがまた、帝国の皇帝になればいいんだよ。そうすれば、皇帝権限で、暗殺者としての末路から、お姉ちゃんを助けられるジャン。ボクあったまいいー!」

 キルシェがわなわなと震えた。

「それが、どういうことがわかってるの。帝国のほぼすべてが、ジークの敵になるのよ!?」

「そこはボクの父さんを屠りやがったジークがなんとかするさ。権力ってのは、上にたつものが下に立つ者を守るためにあるんでしょ。すくなくとも、死ななくていいようにはしてあげられるでしょ、ジーク。ドラゴンスレイヤーの力をもって、ボクの父さんを屠りやがったんだからさ、人の役に立つことして貰わないと、父さんが浮かばれないよ。父さん、自我を失う前は、人間が大好きだったから」

 ふんふん、と鼻を鳴らして、小さなドラゴンが喋っている。

「俺はこいつ──ドラゴンの幼体を助けちまったし、こいつを連れて軍隊を出るよ。一緒に来ないかキルシェ」

「……正気なの? 反乱軍が駐屯してる夜都ダロネアまで、どのくらいあると思ってるのよ」

「そこはボクにまかせてよ。あとボクはドラゴンの幼体じゃなくて、シャルムだ。あと、ジークはこの瞬間から一生ボクのドレイだから。ボクから父さんを奪ったんだから、ボクの心の傷が癒えて、なおかつボクの気が済むまで、ボクのいうことをきいてもらうからな! 殺さないでドレイとするだけで許してくれる、ボクの懐の深さに涙するといいよ」

「痛っ」

 シャルムが、ジークの腕に噛みついた。

「なんでか、ジークの血に触れると、力が満ちてくるんだ。ボクは成体のドラゴンになる。ボクは鉄血竜シャルム。ボクの背に乗って、夜都ダロネアまでいけばいい。ボクは物知りなんだ、ダロネアがどこにある街かくらい知ってるよ」

 蒼色の燐光を帯びて、シャルムが巨大な竜になる。拷問室のブロック塀がシャルムの巨大な翼で破壊される喧騒をきき、軍人達が駆けつけた。

「ジーク、キルシェ! お前達一体何をしてい──!?」

 言いかけた軍人たちの額にキルシェの投げナイフが刺さった。

「おほーっ、お見事!」

 シャルムがはやしたてる。シャルムは辺りに鉄の楔を無数に生成させ、強烈な攻撃を四方に放った。拷問室の頑健な天蓋が霊鉄による衝撃で破壊される。上空には蒼穹が広がっていた。

 キルシェは、あとに続くでも、ジークを攻撃するでもなく、戸惑った顔でその場に立っている。

「一緒に来い、キルシェ!」

 ジークがそういって、キルシェを抱えて、大きな竜に姿を変えたシャルムの背に乗った。キルシェは様々な感情が混ざりあった表情で、ジークを見た。

「追え! 脱走者だ!」

「グルオオオオオオオオオオッ!!」

 シャルムが大きく啼くと、鼓膜が破れるような大音量と空気の激しい振動により身動きを阻まれ、軍人たちはその場で金縛りのように動けなくなっている。シャルムが、背にジークとキルシェを乗せて空に羽ばたく。雲の間をくぐり抜け、上空に出る。広い空からは、軍都ヴァルバを一望できた。

「……」

 ジークはシャルムの背に捕まりながら横にいるキルシェを見た。キルシェの赤い髪が風に揺れている。ジークも、浴びたことのない強い風を全身に受け、自分の中の淀んでいたものが流れていく心地になった。

「こんな風を浴びたのは初めてだ……そういえば、キルシェには聞いたことがなかったな」

 キルシェが、ジークの言葉に首を傾げた。

「キルシェが、命よりも大事にしているものはなんだ? もう暗殺者ではないのだから、キルシェはそのために生きればいい」

 ジークはまっすぐ、キルシェを見て言った。

「命より大事なものね……」

 キルシェは少し間を開けた後に、迷わず言った。

「私が、命よりも大事にしていたものは、あんたよ、ジーク。本当に大事な弟だったのよ。だからあんたのことも、違うってわかってるのに、弟と重ねて見ちゃうのよね。あんたにとっては迷惑な話かもしれないけど──」

「……連れてきてよかった。俺なんかにそう言ってくれるキルシェを置いてきたら、一生の恥だ。呑気に昼寝して夢も見ていられなくなる」

「なにそれ」

 キルシェが無邪気に笑った。

「ありがとう」

「い、いいわよ、礼なんか」

 そっぽを向くキルシェ。ジークは照れて赤くなるキルシェの様子を見ながら、軍隊を脱走後、初めて安堵した。



 数時間にわたる空の旅を終え、夜都ダロネアに到着した。大きな月が浮かぶ、美しい街だった。この町が常に夜なのは、ダロネアの火山より噴出される特殊な噴煙が雲になり、太陽光を遮っているからだ。ダロネアは反乱軍が駐屯する街として、王都の人間から忌み嫌われる場所だったが、月の下で穏やかに暮らす人々は皆生き生きとしていた。ダロネアにはギルドのハンターが多い。武装したハンター達が往来を闊歩している。

「おい見ろよ、ドラゴンだぞ。珍しいな、どこにこんな大きな生き残りがいたんだろう」

 シャルムの姿を見てどよめくハンターたち。ドラゴンの所持を禁じている護龍において、シャルムのように大きな竜は珍しく、ダロネアにおいてもひときわ目を惹くらしい。ドラゴンを反乱軍の象徴と考えるダロネアに住む者たちの視線からは、シャルムに対する畏敬の念が感じられた。
 
「やっぱ、街だと、この姿は目立つなあ〜」

 シャルムは暢気にそういって、蒼い光に包まれると、人型の、蒼い髪の少女に変化した。白いしなやかな肢体と。愛くるしいあどけない貌。文句のつけようのない美少女だった。ジークとキルシェは顔を見合わせた。

「お前、女だったのか」

 ジークが、心底意外そうに言った。

「失敬だな! ドラゴンの姿の時から、どうみたって可憐な美少女だったろう!」

 シャルムは怒って頬を膨らませたが、直後に大きな腹の虫の声が響いた。

「君たちは反乱軍のアジトにいくの? ボクは宿屋でご飯食べてるから、いっておいでよ」

「いいけど、お前、金持ってるのか……?」

「ジークの奢りにきまってるだろ! ボクの父さんのこともあるんだから、食事くらいおごれよな。何時間も飛んでお腹ペコペコだよ、もう!」

 シャルムはそういうと、『竜の爪停』と書かれた扉を押して、宿屋に勢いよく入っていった。店にいる客たちは場違いなほど美しいキルシェとシャルムに驚き、ちらちらと二人を盗み見ている。

「やあいらっしゃい! お兄さん両手にお花モリモリだニャア、こんな美人は、反乱軍のルナ様以外では見たことないニャア〜!! 」

 店主とコックを務める、ニャンコックが猫撫声で三人を迎えた。黒い体毛に、腹部だけが白い、ハチワレ模様に似た毛並みのケットシーで、腰にエプロンをしている。かなりの大型種だ。器用に調理器具と食材を操り、次々テーブルに料理を並べていく。

「大将〜! 店一番の美味しい料理を頂戴!! 三人前ね!!」

 シャルムはカウンター席を陣取り、楽しげにジークとシャルムを促した。

「かしこまりましたニャア〜! 狩人の宴三人前ニャね〜!!」

 ニャンコックが嬉しそうに注文を承る。

「店主、この宿に空き部屋はあるだろうか? 女二人に、男一人だ」

 ジークが手際よく料理を進めるニャンコックに訊いた。

「ご宿泊ですかニャア? 何泊になりますニャ? 長期滞在だと週分や月分の家賃と食事代を先払いで戴きますニャ!!」

 ジークは胸元のポケットから、軍属時代の給金である金貨がみっちり入った革袋を取り出して、じゃらりとニャンコックの前に差し出した。

「とりえずえーと、……よくわからん数えてくれ。三人の部屋賃と食事代にすると何ヶ月保つ?」

 ニャンコックが目を剥いた。体毛を逆毛立てさせながら、目を光らせて金貨を数えだすニャンコック。

「んニャッ〜! お兄さんお金持ちニャ! そうニャね、これだけあれば一年の宿泊・食事代にはなりますニャ〜!!」

「じゃあ一年の宿泊で頼む。足りなくなったらまた追加で支払うのでよろしく頼む」

 ジークがニャンコックに頭を下げる。

「ではお仕事などもご所望かニャ? お仕事のご依頼は、この店にハンターギルドがあるんニャけど、そこのご依頼受付ボードから受けてくれニャア。モンスターの討伐とか、ダロネアに住んでる住人のお使いとか、難易度も様々なご依頼があるニャア! このギルドのランクが上がると、難易度の高い依頼も受けれるようになるニャよ。反乱軍からのご依頼とかもニャね」

 ニャンコックが奥にある受付に、ふかふかの指を差していった。

「なるほど、ありがとう。確認させてもらうよ」

 ジークはニャンコックに再び頭を下げた。

「物入りになったら、ボクチンに声をかけてニャ〜。治癒の薬品や、便利なアイテムも販売しているんだニャア、ギルドの依頼を受ける際にはアイテムが物入りかと思うんニャが、長期でご贔屓にしてくれるお兄さんには雑貨屋さんより安くご提供するニャ〜!」

 そういうと、ニャンコックは完成した料理をずらりとカウンターに並べた。果実酒、モンスターの肉の香草焼きとハンバーグ、薬草サラダ、パンチェッタと卵とチーズのパスタ、バゲットと肉と香草のペースト、果実酒に合うおつまみ各種と、手早い調理だが趣向を凝らしてある。

「これはうまそうな料理だな、軍属だとこういったものには縁がなかったから、嬉しい。ありがたくいただくよ。なにからなにまで、本当にありがとう、ニャンコックさん」

 ジークに礼を言われると、ニャンコックが嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らした。

「お客さんのお笑顔がボクチンの一番の喜びニャア〜! ささ、冷めないうちにどうぞどうぞニャア〜!!」

 シャルムはいただきますとニャンコックにいうと、ものすごい勢いで皿の上の料理を頬張り始めた。キルシェが果実酒に口をつけながら、ジークに耳打ちした。

「あの、もしかしてニャンコックさんに私達の分まで払ってくれたの? 気を遣わせちゃったわね、あとで自分の分はジークに払うわ。ありがとうね」

 キルシェが申し訳無さそうに、ジークのグラスに果実酒をなみなみと注いだ。

「たまには弟も、姉に甲斐性を見せないとな。キルシェは軍属時代に色々助けてくれたし」

 ジークがそう言って、口元だけで笑って果実酒をあおった。

「じゃあ、あんたに借りイチね。一個なんでもいうことを聞くわ」

「何も思い浮かばないな…」

「そうねえ。食後のマッサージでもいいわよ。よく眠れるんじゃないかしら」

「それいいな」

 ジーク、キルシェ、シャルムの三人は料理を頬張りながら、雑談した。



「潰れたか」

 カウンター席に突っ伏して、果実酒のグラスを握ったまま、赤ら顔でスヤスヤと眠るシャルム。

「こいつは部屋に運んでおこう。俺は、さっき店主に訊いた反乱軍のアジトに行ってくるから。キルシェも休むといいよ」

 ジークがシャルムを抱えて、部屋に向かおうとすると、キルシェも後に続いた。

「ごちそうさま、ニャンコックさん。凄く美味しかったわ、おやすみなさい」
「いえいえだニャあ〜、キルシェちゃん、ゆっくり休んでニャ!」

 キルシェは食器を片付けるニャンコックに礼を言うと、部屋への階段を静かに登りながらジークに囁いた。

「この帝国の暗殺者の格好で、一人で、反乱軍のアジトに行く気? 敵だって誤解されたらどうするのよ、私も行くわ」

「だから、武器は置いていくよ。キルシェもそうしてくれるか? 俺たちは反乱軍と敵対する気もないしな」

 キルシェが一瞬、難色を示す表情をしたが、部屋のローテーブルに投げナイフ一式とガリアンソードを置いた。ジークも、ベッドにシャルムを寝かしつけると、愛用の武器・ジュマンジをテーブルに立て掛けた。

「俺は反乱軍のリーダールナに鍵を渡せと、あの斥候の男……ガラムに頼まれた。それが俺の記憶の謎を知る一助になると──」

 月明かりの差し込む部屋の中、キルシェがやりきれない顔をした。

「私はなんだか──あんたの素性を知る反乱軍に、いいようにあんたが使われるような予感がして、アジトに行くのはあんまりおすすめしないわね。ここのギルドで依頼を受けながら、普通の暮らしをする、のは駄目なの?」

「俺は、やっぱり自分の事実が知りたい。だが、キルシェまで危険を犯してついてくることはないぞ。やっぱり帝国軍人の格好だと歓迎はされんと思うしな」

 キルシェは、小さくため息を付いて続けた。

「はあ。そういうと思った。私も行くわよ、心配だもの」

「すまない」

 ジークが小さくそう言うと、シャルムの寝言が響いた。

「おかわり〜!! 大将、おかわりジャンジャンもってきて〜!」

 シャルムは幸せそうな顔で、口元をムニャムニャさせている。夢の中でも料理に舌鼓を打っているのだろうか。

「こいつが起きる前に、行ってこよう」

「そうね」

 ジークとキルシェは、いびきを立てて爆睡するシャルムを背に、静かに部屋を出た。



 反乱軍のアジトは、ダロネアの街と森を抜けた、山陰の奥まった場所にあった。大きな自然洞穴を利用した建物らしい。意匠に白い大理石と水を組み込んだ、美しい施設だった。門の前には、二人の門番、リュートを持った吟遊詩人のような男が手前の噴水に腰掛けて、穏やかな曲を爪弾いている。

「見張り中すまない。反乱軍のリーダー、ルナに会わせてもらえないだろうか。ガラムという男から預けられた鍵を持っている。ガラムの遺言通り、ルナに渡したいと考えている。こんな格好をしているが、武器は所持していない。ふたりとも丸腰だ」

 ジークは、門番にそういうと、ポケットから白銀に輝く鍵を取り出して、門番に見せた。

「これは、ムーンソロウの鍵では? ガラムが帝国軍から奪還しに向かった──」

 門番の一人が、神経質な声を上げた。

「ガラムはどうした? 彼は一緒ではないのか?」

 ジークは応えにくそうに、口を開いた。

「ガラムと会ったのは、尋問の際だ。俺に鍵を渡して……自決した」

 門番二人が、目を剥いた。

「なんだと!? お前らが殺したのではないのか?」

 ジークはやりきれない表情で、続けた。

「俺にはガラムを殺す理由がないよ。もう軍を出て、軍人でもないんだ。横にいる彼女もそうだ。彼女は、俺の姉のような存在で、俺が心配でついてきてくれた元同僚だ」

 門番二人が、ひそひそと言葉をかわす。

「鍵は本物のようだが──どうする? 反乱軍に入り込もうとするスパイでないとの確証もない。しかも帝国軍の格好をしたやつを通せば、反乱軍の者たちの神経を逆立ててしまうぞ。うちの軍は気性の荒いやつも多いんだ……」

「そうだな。鍵だけ預かって、帰すのはどうだ? ガラムの言伝は、鍵をルナ様に渡すことらしいしな」

 門番は合意すると、ジークに対し、鍵だけ寄越して引き取ってもらえないかと、半ば命令口調で言った。ジークが複雑な表情をしている。

 近くの噴水で、ジークや見張りたちの会話を聞いていた吟遊詩人の男が、ジークとキルシェの二人に声をかけた。

「お二人とも、非礼を侘びます。お通りください。ルナを呼んできます」

 見張りの二人は吃驚して、吟遊詩人の男の顔を見た。

「ルインカリオ様!? しかし──彼らは帝国の人間で……」

「丸腰の彼らが仲間の言伝で訪ねてきて、門で追い返すようでは、命を賭して鍵を言付けたガラムも浮かばれないでしょう。帰ってもらうのは、きちんとおもてなししてからでも構わないのではありませんかねぇ、ねえ?」

 突然話を振られて、戸惑うジークとキルシェ。

「は、はっ! る、ルインカリオ様がそう仰られるのでしたら──」

 門番二人は、慌てて大理石でできた頑健な門を開いた。 

 吟遊詩人の後ろに続いて、門をくぐるジークとキルシェ。

「気まずい思いをさせて申し訳ないですね、彼らも自分の職務に忠実なだけなんですよぉ、悪く思わないでくださいね」

 吟遊詩人の男は、前を歩きながら、穏やかだが砕けた口調で話しかけた。

 施設の中は石造りの美しい神殿のようだった。水があたりに流れ、清涼な空気が漂っている。天井は吹き抜けになっていて、ガラス張りのそれから、大きな月が見えた。

「この施設に引いている水は、ダロネア山脈の山頂から引いている、貴重な聖水でしてね。大抵の傷は、この水に触れるだけで、たちどころに治ってしまうんですよぉ。すごいでしょ?」

 吟遊詩人の男は、ポロン、とリュートを弾きながら、ねっ!と二人に同意を求めた。掴みづらい人物である。

「なるほど、たしかにすごいな」

 ジークが吟遊詩人の男に応えた。施設の中を歩く者の視線が、ジークとキルシェに突き刺さる。帝国軍人の格好をしている者が、反乱軍の施設を歩いているのだ。視線が刺々しいのも当然だ。

「だからね、万一あなた方が反乱軍の者に危害を加えられても、この水に浸かれば、大体の傷は、綺麗に治ってしまうので、安心してくださいねぇ」

 吟遊詩人の男は、手元のリュートを爪弾きながら、あまり笑えないことを言いながら微笑んでいる。

「……ねえ、この人、反乱軍のなんなのかしら? 偉い人?」
「さあ。門番の反応を見るに、様付けで呼ばれていたから、偉いんじゃないか?」

 ジークとキルシェは、吟遊詩人の男の後ろでヒソヒソ言葉を交わした。

「全然偉くはないですよぉ。僕は反乱軍のマスコットなんでぇ。ほら、あの旗とか、僕のマークがついてるんですよぉ」

 吟遊詩人の男が、反乱軍の象徴であるドラゴンの記された旗を指差していった。吟遊詩人の男とドラゴンのマークを見比べて、頭をかしげるジークとキルシェ。

「ルインカリオ!! そのお二人は?」

 施設の奥から、目も覚めるような美しい銀髪の少女が走ってきた。肌もあらわな繊細な鎧に身を包んでいる。ジークがその少女を見て絶句しているのを見て、キルシェはジークが少女に見とれているのだと勘違いし、無表情になった。

 しかし、ジークがルナを見て絶句したのは、夢の中に出てくる白騎士と瓜二つの顔立ちと、姿だったからだ。

「おおルナ〜! 早かったですねぇ」

 ルナと呼ばれた反乱軍の長は、年場もいかないうら若き乙女だった。息を弾ませて、ジークとキルシェの側にやってくるルナ。後ろから、壮年の傭兵風の格好をした男が続いて歩いてきた。

「初めましてジーク、私は反乱軍コヨル・シャウキの長、ルナといいます。亡き父より長の座を受け継いだのですが、ご覧の通り若輩者ですので、私より長く反乱軍に在籍するジュドーを頼りにする者も多く、彼も同席させていただきました」

 ルナがジークに一礼して、丁寧に自己紹介をした。ルナの横にいる、背の高い傭兵風の格好をした壮年の男も、ジークを一瞥して挨拶した。

「俺には特に決まった役職もないが……ジュドーだ。よろしく」

 ジュドーはそういうと一礼してルナの後ろに下がった。控えめな態度だが、強者の雰囲気がにじみ出ている。ジークはジュドーに対して、相当腕が立つのだろうなと漠然とした感想を抱いた。

「僕は、ルインカリオだよ。反乱軍のマスコットなんだよぉ」

 吟遊詩人の男も、ニコニコしながら自己紹介をした。

 ルナが付け加えるように続ける。

「そのですね……、こちらの不思議な彼は、人間の姿はしているのですが、実はこのダロネアの街を守護するエンシェントドラゴンの一柱、ルインカリオなんです。あの、反乱軍の御旗にもなっている古代より時を経てきたドラゴンです。ゆえあって、今は人間の姿で、私達に協力してもらっているのですが──」

「よろしくぅ」

 ルインカリオはジークに握手を求めてきた。ルインカリオの手を握り返すジーク。武器を持ち慣れていない白魚のような柔らかい手だった。

「ジーク、軍都ヴァルバよりの長旅お疲れさまでした。ガラムの言伝で、ムーンソロウの鍵を私に渡しに来てくださったそうですね。早速ですが、鍵を確認させていただいても?」

「ああ。この鍵だ。受け取ってくれ」

 ジークが、ルナに白銀の鍵を渡す。ルナは鍵を確認すると、一筋頬に涙を流した。

「この鍵はガラムが命をとしてあなたに託したもの……ありがとうガラム、ジーク。これでムーンソロウの竜の間を開放し、護龍に我々の仲間である『ドラグーン』を増やすことができます。場所を変えましょう。こちら、反乱軍の神殿ムーンソロウ・竜の間へどうぞ──」

 一行は、ルナに促されるまま、竜の間と呼ばれる最深部へ足をすすめる。最深部に向かうごとに遺跡の意匠は美しくなり、神聖さを増し、厳粛な雰囲気を醸し出していた。ルナが聖水が流れる大きな滝を通り抜け、壁一面に彫刻が施された扉に、ガラムから受け取った鍵を差し込み、回した。カチリという音がして、扉がひとりでに開く。

「ジーク。あなたは、竜と白騎士と黒騎士の伝承をご存じですか?」

 扉の向こうに広がっていたのは、巨大な竜神の彫像と、一面に広がる聖水のプールに突き出した、蒼いクリスタルのような魔石の塊たち。壁にはモザイクの壁画が一面に刻まれ、ガラス張りの天井から月光が柔らかに空間を照らしている。水面の光がゆらゆらと揺れ、粒子化したマナの浮く、幻想的な間だった。

「竜と白騎士と黒騎士の話は、夢でよく見る。夢の中で、俺がドラゴンになっている夢だ」

 ルナは、少し寂しそうに微笑んだ。

「私は白騎士ルシアの末裔なのです。伝承を末代に伝えるべく、この神殿ムーンソロウの門番をしています」

「俺なんかをここへ入れてよかったのか」

 ジークが、思わず口に出してしまった。

「あなたはもう、自分の事をうすうすご存じなのでは。その目です。私はそんな目をした竜を、いつも青空を瞳にうつしていた竜をよく知っています。おかえりなさい、エンデ。いいえ、今の名前はジークでしたね」

 そう言って、ルナがジークに見せた笑顔は、夢の中で見た、懐かしい、白騎士の面影の残る笑顔だった。

「ここは伝承の間でもあります。ここに残されているのは、過去、現在、未来……エンデが軍に捕らえられて千年が経ち、あなたの力は普通の人間程度にそぎ落とされてしまいました」

 ルインカリオがリュートで曲を奏でた。もの哀しい曲だった。

「あなたの子供であるエンシェントドラゴンも、このルインカリオを除き、呪われし太陽の影響で自我を失って、ルギリ熱という病の感染源である瘴気を吐き出し、民に恐れられるようになりました。エンシェントドラゴンは、究極の魔石・竜玉をもち、それを五つ全て揃えれば、竜神エンデ……つまりあなたは本来の力を取り戻すだろうと、伝えられているのです」

「仮に、俺がその力を取り戻したとして、どうなるんだ?」

「千年の戦いに決着をつけてほしい。私はそう願っています」

 ルナは真剣な眼差しでジークを見た。 

「自我を失ったエンシェントドラゴンを倒し、その肉と鱗でルギリ熱に苦しむ万民を救い、竜玉をもって、もう一度、護龍の王になってくれますか? 黒騎士はあなたを裏切りましたが、白騎士と反乱軍は、あなたを再び王とするために尽力します」

 ジークが絶句した。

「そして、護龍の皇帝である、かつての黒騎士一族の嫡男・テオに取り付き、護龍を歪ませている魔神ハイドラを、もう一度幽界に封印するために、その力を貸してほしいのです」

 ルナの発言は、ルナの一大決心だったが、その言葉の後に、竜の間が水を打ったように静まり返ったので、ルナは戸惑った。ルインカリオの奏でる曲だけが虚空に響いていた。

「……あのよぅ、ちょっといいか?」

 黙って話を訊いていたジュドーが静かに口を開いた。

「お前がムーンソロウの預言を信じるのは勝手だが、こんなぽやっとした兄ちゃんを、今の皇帝に変わって王とするなど、一体だれが支持するんだ? こう見えても古代のドラゴンなんですといって、誰が信じる? 無茶をいうなよ。兄ちゃんも、いきなり妙な話しされて固まってんじゃねえか」

 ジュドーが呆れ顔で、ルナを諭した。
 
「その通りだ。俺には、そんな大役、まったく不似合いに思える。帝国で暗殺者をやっていたんだぞ」

 ジークは、ようやく言葉を絞り出した。

「ごめんなさい。あなたがここにやってきてくれたのが嬉しくて、興奮してしまって、熱くなって重い話をしてしまいました……。でも、私はあなたに王座が不似合いだとは思いませんよ。それに暗殺者をしていたのは、あなたの意志ですか? やらされていたのでしょう。貴女も」

 ルナにそう言われて、うつむくキルシェ。

「……いえ、記憶喪失で軍に使われていたジークと違って、私は生活のために、弟と暗殺者に志願したわ。孤児だったから二人共暗殺者としてしか雇われなかったの。私の弟の遺体と、そちらが話す竜の王様の遺体で蘇ったのが、このジークなのよ。だからほっとけなくて、この場に同席させてもらってる。私はキルシェ、ジークの同僚の元暗殺者よ」

「そうですかキルシェ……あなたの事情と気持ちはわかりました。そうなると、これから話す内容は、あなたにとって辛い内容になるかもしれません。ジーク、その刻印はトルテカの鍛冶屋のバルドルさんに押されたのですね」

 ルナが、ジークの手の甲にある焼印を見て、ジークに問うた。うなずくジーク。

「そうだが、これはなんなんだ?」

「その刻印はドラグーンの刻印です。命を賭け、他者のために戦う蒼い紋章。反すればあなたの五体を蝕みますが、その生き方に殉じたときは、あなたの力になってくれるでしょう。ドラグーンとは、竜神エンデの加護のもと、人のために戦う者を指します」

 ルナは意を決したように、ジークに言った。

「ジーク、ドラグーンとして、エンシェントドラゴンを倒していただけないでしょうか? 竜玉があれば、十数年の時を必要としますが、倒されたエンシェントドラゴンは蘇ることが出来ます」

 ジークの表情が、少し明るくなった。

「では、今日倒したグランドロスも蘇ることができるのか? 俺はグランドロスを討伐して、ドラゴンの遺体をハイドラ聖教団の者たちに譲った。ドラゴンの肉でルギリ熱の薬を作ると言っていたからだ。その時、ハンデルスという男が俺に貴重な竜玉を譲ってくれた。反乱軍の手にある方が、安心だからと。この竜玉は、俺や反乱軍に必要なものなんだな?」

「そうです! ハンデルスに──竜玉を渡されたのですか!? ハンデルスは元ドラグーンの、父の親友でした。今では故あって、私の妹ユウナと共に、敵陣営のハイドラ聖教団にいるのですが……心はまだドラグーンだったようですね。それにですね、はい。グランドロスの復活も、可能です」

 頷くルナ。

「俺はここダロネアに、グランドロスの娘を連れてきた。ドラゴンだ。今は人に化けて、宿屋でたらふく食って寝ている。ここまで俺たちを乗せて飛んでくれたんだ」

「そうですか……今では貴重な竜です、護龍で竜の所持は死罪にあたるので、反乱軍が保護しましょう。あなたが今日行ったことは、グランドロスの遺体をハイドラ聖教団に譲ったことも含めて、無益なドラゴン殺しではありませんよ。誇りを持ってください」

「……エンシェントドラゴンたちを倒せば、ハンデルスやイレーヌがやっていたように、ルギリ熱を治癒する薬を作ることができるのか? そしてドラゴンも復活できると。俺はこの帝国の王になるとか、そういうのは辞退したいが、暗殺者をしていた負い目がある。罪滅ぼしに、無辜の民が、不治の病から助かるのなら、エンシェントドラゴンを狩る者になってもいい」

 ジークがそう答えると、ルナの表情が明るくなった。

「本当ですかジーク!? 願ってもないことです! 今の状況ではその行いをしていただけるだけで、民にとって多大な救いとなります。ここはドラグーン達の聖地。戦いに傷ついたときにはこの泉があなたを癒すでしょう。ムーンソロウはあなたを歓迎しますよ!」

 話を黙って訊いていたキルシェが、少し重い表情で口を開いた。

「ねえ、今までの話はジークがドラゴンを倒すとか王になるとか一方的に役割を負ってるけど、それで救われる人もいるんでしょうけど、ジークは自身のことはどうなの? それをすればジークは幸せになれるの?」

「それはっ……」

 ルナは虚を突かれたように、眼を丸くして黙ってしまった。それを見ていたジュドーが大笑いした。

「……俺にゃあ大役をおおせつかった兄ちゃんの幸せがなんなのかはわかんねえが、ジークの心を幸せにするのはあんたの役目かもな、姉ちゃん。でかいことをやるやつの側にはよ、あんたみたいな思いやりのあるやつが必要なんだよ」

「そっちの都合でジークを酷使して、身内しかそういう心配しないってどうなの? 命をかけてそれだけのことをするジークの願いも、多少は叶えたらどうなのよ。こんなのフェアじゃないわ」

 キルシェが苛立ちを抑えながら、ジュドーに噛み付く。
  
「申し訳ありませんジーク、そしてキルシェ。私はジーク自身幸せのことを考えていませんでした。申し訳ありません。ジークはキルシェの弟さんでもあるのだから、大役だけ押し付けて焚きつけるなど、不愉快に感じるのも当然のことですよね。反乱軍の都合を個人のあなたに押し付けていただけでした、反乱軍のリーダー失格です。私に出来ることがあればなんなりと言ってください。善処します。あなたの願いを言ってください」

 ルナが非礼を侘びながら、真摯な表情でジークを見つめた。

「じゃあ、キルシェを反乱軍で保護して欲しい。軍を抜けて、今頃俺たちはお尋ね者になっている。刺客を送ってこられるかもしれん。そうなったとき、俺がドラゴン退治で不在の際でも、彼女を守れるように」

 ジークはそう言って、ルナに頭を下げた。

「ジーク、本当にやる気なの……?」

 キルシェが戸惑いの表情を見せた。

「承知しましたジーク。キルシェのことは私たちが全力でお守りします。ジークの大事なお姉さんですから」

 そう言ってルナが微笑む。

「ありがとう」

「この竜の間は、あなたとガラムが届けてくれた鍵のおかげで、いつでも開放できることになりました。ここにある魔石を人に与えて、古代魔術で武器を召喚するすべを伝授し、私達はドラグーンを増やしているのです。ドラグーンをこれ以上護龍に増やされないように、帝国軍は竜の間の鍵を奪ったのですよ」

 話が終わると、ルナとジュドーとルインカリオは、「傷ついたときはいつでもムーンソロウの竜の間にきて欲しい」と言い残して、退席した。



 ジークとキルシェが二人になった大広間。幻想的な空間が広がっている。

「綺麗ね。こんな風景、見ることもなく死んじゃうんだと思ってたわ」

 キルシェが聖水のプールに腰掛けて、足を聖水に沈めながらつぶやいた。

「……シャルムが昼間いったように、おれが役目を果たせば、キルシェを自由にしてやれる。だからそれまで、ここで綺麗な景色を見て、それを待っていてくれ。もう帝国の暗部とか、そういうものは見ないでいい」

 キルシェの隣に腰掛けて、たゆたう水面を眺めながらジークが言った。

「私みたいな鉄の女に、お優しいのね」

「鉄の女?」

「暗殺者時代の、私の仇名よ。なんであんたの前だとこうなっちゃうのかしらね」

「……」

「ジーク?」

「また寝てる……こんな水場で寝たら風邪引くわよ、もう! ん? ポッケになに入れてんのかしら。シャルムの花? 安らかな眠りを──か」

 キルシェはシャルムの花を見て小さく微笑むと、水場にシャルムの花を浮かべた。もたれてきたジークの頭を膝に乗せて、微笑む。
 ふとみあげたモザイクの壁画の向こう、透明なガラスの正面に大きな月が出ていた。


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