第八話 古鉄竜グランドロス

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 温かい日差しが降り注ぐ中庭で、ジークは目を覚ます。蒼い瞳の両端には涙が溜まり、頬を伝っていた。

「……ーク、ジーク! あ、起きた。何、泣いてんのォ?」

 ジークの顔に黒い影がかかる。同僚のキルシェだった。美しい双眸がジークの顔を覗き込んでいる。

 ジークは白い花の咲く温かい草畑から身体を起こし、眠そうな目でぼんやりと辺りを見回した。野草の瑞々しい香りが広がるこの一画は牧歌的に見えるが、ヴァルバ正規軍本部であり、物々しい軍基地の内部だ。

「夢を見てた──白騎士と黒騎士とドラゴンの夢。最後は黒騎士に裏切られて終わって、悲しい気持ちになって目が覚める」

 ジークは寝ぼけたように遠くを見た。面立ちは二十歳前後で、少しだけあどけなさが残る、人工物を感じさせる整った顔。褐色肌の体躯は細身だが筋肉質だった。軍製のアサシンスーツを着て、顔を隠すためのフードは、昼寝のために下ろされていた。

「……ふうん。ドラゴンと騎士の冒険活劇か。その夢、悲しかったんだ」

 キルシェがジークと同じ視線まで腰を落とすと、ジークの目の縁に溜まった涙を、細い指でぬぐった。

「なぐさめてあげよっか?」

 悪戯っぽさと妖艶さのある表情で、キルシェは、ジークの蒼い眼を覗き込み、のし掛かってきた。キルシェは燃えるような赤毛に、赤い瞳、赤い服装の蠱惑的な美女で、両サイドにシャギーの入った軽いショートヘアが彼女の気性を現しているようだった。

「大丈夫だ。なにか用かキルシェ」

 ジークはそっとキルシェの身体を押しのけると、立ち上がった。立ち上がったジークの背から、潰された白い花がぱらぱらと草畑に落ちる。

「何よ。つまんないの」

 キルシェは豊かな胸を両手で寄せる仕草を見せると、子供のように唇をとがらせた。
ジークはもう一度しゃがみ込んで、ジークの背で潰れた花の一つを手に取ると、キルシェに訊いた。

「これはなんという花だ?」

「雑草じゃないの? そのあたりに群生してるわよね」

 ジークは首をかしげた。

「俺も雑草のようなものだが、俺にも名があるのだから、この花にも名前があるんじゃないかと」

「なんだったかしらね。──そう、シャルムの花よ。『安らかな眠りを』って意味の花言葉で、死者に手向けられる花って通説があるわ。私たち暗殺者にとっては、死者への手向けって意味でお似合いの花かもしれないわね」

「安らかな眠りを──か」

 ジークは潰れた花を日光にかざして眺めた。

「そうそう。あんたに用事があったの。シェリー様が呼んでるわ。反乱軍の斥候を捕まえたんだけど、そいつがあんたのこと知っていて、あんたにじゃないと情報を吐かないっていったんだそうよ」

「心当たりがまるでないが……」

「まあ、軍都ヴァルバや王都トルテカでは目立つからね。あんたの蒼い眼。」

 ジークはキルシェを残して中庭を後にすると、本部の拷問室の扉を叩いた。



 拷問室に入ると、血なまぐさい臭いが鼻につく。鉄の椅子に鎖で縛り付けられた男。既に何度か拷問を受けたらしく、身体に傷がつき生々しく血が流れている。男は、蒼が基調の衣服を血で汚していた。

 軍都や王都では、自由意志の象徴である蒼を着るものを皇帝が好まないので、軍人や士官は支配への従属という意味で赤を着る。なので、この男は、出で立ちからして反乱軍の男、ということになる。

 ジークは暗闇に、帝国軍人に不似合いな蒼い眼を光らせて男を見た。

「俺は拷問官ではないから、手短に答えてくれると助かる」

「へへ……会いたかったぜ、蒼い眼の暗殺者。まずはこの拘束を解いてくれねえか? あんたに渡したいものがある」

「俺が拘束を解いても、その傷でここから逃げ出すのは不可能だぞ」

 ジークは一瞬だけ逡巡したが、男の拘束を解いた。男は震える手で、衣服のポケットから古い鍵を取り出し、ジークに渡す。

「ヴァルバ正規軍の機密倉庫から、鍵が盗まれたときいたが──これか?」

 男は頷いた。

「俺の名はガラム。おまえさんに頼みがある。俺がここで死ぬのはそれでいい。ただ、反乱軍のリーダーである黎月将ルナに、この鍵をお前の手で渡してもらえないだろうか。ガラムからだといえば通じる」

「お前は気でも違っているのか? なぜ帝国側の、それも暗殺者の俺にそんなことを頼むんだ。これは盗品だ。これは俺ではなく、軍が接収するだろう。俺に選択権はない」

「いや、これは元々軍隊のものではなく、反乱軍のアジトがある夜都ダロネアの遺跡ムーン・ソロウにあったものだ。俺はムーン・ソロウの番人で鍵の持ち主──反乱軍のリーダー、黎月将ルナに返そうとしただけだ。おまえさん、エンデという名前に心当たりはないか?」

 ジークはしばらく黙った後、「夢に出てくるドラゴンの名前だ」と応えた。

「その夢には白騎士と黒騎士が出てくるんじゃないか? そして、魔神──幻魔ハイドラが。お前が今持っている謎には、白騎士ルシアの末裔であるルナが応えてくれるだろうさ」

「反乱軍のリーダーが、白騎士の末裔だと? なぜお前が俺の夢の内容を知っている。あの夢はなんなんだ、なぜ俺をここに呼んだ。応えろ!」

 ジークはガラムの胸ぐらを掴んだ。

「へへ──その蒼い眼だよ。帝国側の人間は好んで支配の色である赤を身につけ、髪を赤く染めたり、眼に赤いレンズをはめたりするが、あんたはまっ蒼な綺麗な眼をしている。蒼は反乱軍が好む自由意志の色だ。帝国の蒼い眼の暗殺者のことを小耳に挟んで、まさかと思ったんだが、実際会ってみて、悪い奴には見えなかったんでな。現に今もこうして俺の話を訊いている」

「おしゃべりな奴だ。暗殺者である俺にいう言葉ではない。では質問を変える。俺が自分の手で殺す人間に、必ず訊いている質問だ。お前が自分の命よりも大事にしているものはなんだ?」

 ガラムは一瞬訝しんだが、ジークに応えた。

「なんだってそんなことを訊く? それも、今から死ぬって状況のやつに」

 ジークは、ガラムの眼を見て応えた。

「オレは暗殺者をしている。上の命令で人を殺すが、その命令が正しいとも思っていない。本心では相手の生命を軽んじたくはないと思っている。俺の自己欺瞞にすぎないが、相手の生命より重いものを記憶に刻んでこの世から失くさないことが、せめてもの死者への敬意だ」

「なるほどねえ。──そうだな、俺が命より大事にしているものは、『自由意思』さ。自由には責任も伴うが、強制されて生贄になり、しかもそれを喜んで受けいれよと洗脳されて、自分の人生の責任すら背負う自由のない今の護龍を変えたかった。あとはルギリ熱で眠りっぱなしの人間に、自由を振る舞って、人の生活を見届けてから死にたかったな」

 ジークは黙って、ガラムの話を聞いていた。

「俺はこの鍵をお前に託す。軍隊で捕まっちまったから、俺はそうするしかねえのさ。この鍵をどうするかは、お前の自由意志で決めてくれ」

 ガラムは言い終わるなり、拷問器具の物々しいナイフで自分の頸動脈を斬った。

「お前──!!」

「拷問で反乱軍の情報を漏らすわけにはいかないんでね。捕まった時から決めていたことだ」

 ガラムはジークの足下にどさりと倒れ、事切れた。

「……」

 血だまりに、一輪の白い花が浮く。シャルムの花だった。



 将軍の司令室に呼ばれ、ジークは先ほどの詳細を、ヴァルバ正規軍の女将軍であるシェリーに訊かれた。

「何か吐いた? 鍵は取り戻したの?」

「自害しました。鍵はどこかに隠したそうです。吐きませんでした」

 シェリー将軍の妖艶で鋭い双眸が、よりいっそう鋭くなる。

「何を話していた?」

「死ぬ間際で、錯乱していたようです」

 ジークは素知らぬ顔で嘘をついた。

「フン。まあいいわ。鍵はキルシェに探させる。お前はもう一仕事あるわ。来なさい!」

 ジークはシェリー将軍に、広い訓練場に連れて行かれた。天井から巨大な檻が降りてきて、鉄格子が開く。

「グルォオオォォォォォオオオ!!!」

 耳をつんざくような咆哮。檻の中から、黒い鱗の巨大なドラゴンが姿を現した。シェリー将軍は、辺境で幾人もの民間人やハンターを屠った黒竜を捕らえてきたと言った。その処刑をここで行えというのだ。

「こいつは黒竜ファブニール。人を襲う凶悪なドラゴンよ。これはテストでもある。お前の中に眠る能力を確認するためのね。やりなさい!」

 ジークはシェリー将軍にそういわれるなり、いつもの眠そうな眼から暗殺者の眼になった。腕に仕込んだ変形武器・ジュマンジを双剣マインゴーシュに切り替えると、黒竜に挑む。

 ファブニールは高熱のドラゴンブレスを四方に放つ。ファブニールを拘束してた鋼鉄の檻がドロドロに溶解した。コンクリートさえも溶かす熱量。ジークは逃げ場のない訓練場でそれを浴びたが、無傷だった。

「やはり、ドラゴンからの攻撃に耐性があるようね」

 無表情にいうシェリー将軍。ファブニールは毒針の密集した尾でジークを追撃したが、ジークは人間離れした俊敏な動きで、それを躱す。まるで舞踏するように鮮やかな動きで、ファブニールの肢体を斬り刻んでゆく。
 
「暗殺術《エクスリマアーツ》──発動」

 アサシンギア・ジュマンジが紅炎を発する。熱を帯びてゆく刃は鋼鉄の装甲さえバターのように切り裂く。黒い影が空《くう》に一閃したかと思うと、双剣《マインゴーシュ》による刃の軌跡が訓練場に煌めいた。

 体格差をものともせずジークによる一方的な殺戮の場となり、ファブニールはあっという間に四肢を無残に切り裂かれた。

「……」

 この竜は人間の理では悪竜と呼ばれても、生きるために必死だったに違いない。

(すまない。安らかに眠ってくれ)

 弱ったファブニールに黙祷し、ジュマンジでとどめを刺すジーク。

「お前の力はよくわかったわ。充分にこれから行う計画に対応できるでしょうね。お前には、あの忌々しいエンシェントドラゴンどもを狩ってもらうわ」

 エンシェントドラゴンとは、この護龍帝国を守護する古(いにしえ)のドラゴンだ。

「民は帝国より、自由意志の象徴たるドラゴンを信じている。そうなると、太陽に生け贄を捧げることを自由意志で拒否する者が出てくる。邪魔なものは狩ってしまえと、そういうわけよ。それにエンシェントドラゴンを狩れば、万病を癒すドラゴンの肉や鱗、究極の魔石である竜玉が手に入り、我が軍がそれを運用することが出来る」

 ジークは黙って聞いていたが、目の前で事切れ、眠りについたファブニールを憐れと思い、夢に出てくるドラゴン、エンデの最期を思い出していた。



 王都トルテカの上空、一個小隊を乗せた護龍ヴァルバ正規軍ウィツィロトの飛空挺が飛んでいた。

「ジーク投下します」

 オペレータが本部に繋げてあるマイクに向かっていい、ハッチを開いた。ジークは上空から対空装備もなしに落とされたが、わずかに表情を変えることもなく、驚くべき身体能力でトルテカ遺跡の石畳に着地した。

 トルテカ遺跡に存在するエンシェントドラゴンは、古鉄竜グランドロス。遺跡には玉虫色に輝く鉄塊がそこらじゅうに転がっている。

 グランドロスは鉄を生み出すドラゴン。古代魔術《エンシェントルーン》の力を含んだ溶鉄を吐き出し、王都ではグランドロスが生み出す鉄を使った産業で栄えていた。

 現在、グランドロスが呪われし太陽《イン=ティ》の影響で狂い、ルギリ熱の感染源になってからは、トルテカ遺跡は封鎖され、鉄を採掘するために遺跡を訪れる民間人も立ち入り禁止になっている──はずだった。

 トルテカ遺跡の中から、地響きが聞こえる。次の瞬間、遺跡の煉瓦を派手に破壊しながら、体躯のいい男が外に吹き飛ばされてきた。赤を基調とした軽装だったが、男の持つ硬質な雰囲気が風体を重厚に見せていた。伸ばしっぱなしの長い黒髪は、土埃で絡んでいる。

「クソッ! なんだありゃあ!? 攻撃がまったく効かねえぞイレーヌ!」

 男は吹き飛ばされた先の大木に背をぶつけると、かろうじて受け身をとり、身の丈ほどもある大剣を構え直した。

「グルォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 耳をつんざく大咆哮。大剣を構えた男の視線の先に、エンシェントドラゴン・グランドロスがいた。正気を感じさせない獰猛な瞳に、黒光りする、巨大な鋼鉄の身体。背中には鉄を生み出す気孔があり、溶解した鉄が気孔から溢れ、遺跡の石畳に垂れて煙を上げている。

「ハンデルス、無事!? あの溶鉄、霊鉄よ。霊体に影響を及ぼす溶液体。浴びたらタダじゃすまないわ!」

 遺跡の中から、巨大なライフルを携えた白の軽装備に身を包む美女が現れた。ライフルから鉄甲弾をグランドロスに浴びせているが、グランドロスの頑健な表皮は弾丸を小石のように跳ね返し、びくともしない。

「……民間人か? ここは民間人立ち入り禁止だ。撤退を要求する。任務妨害だ」

 ジークは、ハンデルスとイレーヌと呼ばれた二人の男女に対して無感情に言った。

「あ? その服装に飛空挺──軍隊の連中か? 軍隊にだって手に負えねえぞアレは。イレーヌ、無駄だ! 鉄甲弾も通っちゃいねえよ!」

 ハンデルスは連れのイレーヌにそういうと、ジークに向かってグランドロスを顎で刺した。遺跡の中から迫ってきたグランドロスに目立った外傷はない。全身を覆う頑健な外殻はにぶい光を放ち、歩くたびに黒く輝いている。

「まァた、事情のわからん連中が来たな。おめえらにゃあ、グランドロスは絶対に倒せねえぞ。帰った、帰った!!」

 突然、背後から威圧感のある声が響いた。ジークが振り向くと、重装備に鍛冶道具を携えた男が、グランドロスが吐き出した特殊な鉄を採掘している。

「あれは物理の身体を持った霊界の生き物で、この世のものじゃあねえ。この次元の攻撃は効かんのだ。同じ霊界の力を使わなければな」

「どういうことだ」

 ハンデルスが初老の男に尋ねる。

「この鉄だよ。グランドロスがはき出す鉄。これは霊鉄という、霊界の力を宿す金属だ。これを武器にしたものでないと、エンシェントドラゴンどもには攻撃が効かん。霊界の存在を倒すには、霊界の武器で、っつうわけだ」

「その武器はどこで作れる?」

「トルテカの貧民街だ。儂の一族が代々武器をつくっとる。特別な人間にだけ、な」

「そんな話は聞いたことがないぞ」

「そりゃそうじゃ、武器を作る条件で、皆逃げ出すのだから」

 カカカ、と初老の男が笑う。

「その条件とは?」

 ジークは初老の男に尋ねた。 

「来い」

 初老の男は、採掘した鉄を担ぐと、三人をついてくるように促した。男の向かった先は、王都の貧民街。大きな、ぼろぼろのテントの中に案内される。そこは鍛冶場だった。

「立派なものだな」

 ハンデルスが、鍛冶道具を見て感嘆した。ぼろぼろのテントの外観とは不釣り合いな、使い込まれているが、質のよい職人道具が並ぶ。手前には、蒼く輝く魔石の入った革袋がつり下げられている。炉では、パチパチと音を立てて炎が爆ぜ、テントの中を薄ぼんやりと照らしていた。

「腕も一級品じゃよ」

 初老の男は、革袋から輝く蒼い魔石をいくつか取り出すと、炉の中に放り込んだ。ぱっと火花が散り、炎が蒼く染まる。男は焼きごてを手に取ると、魔石をくべた蒼い炎にかけて暖めだした。

「それは?」

 初老の男の所作を眺めるジークの瞳の中には、蒼い炎が揺らめいている。

「エンシェントドラゴンを倒す武器を人に与えるとき、手の甲に押さねばならぬ焼き印だ。エンシェントドラゴンを倒すとき、それはこの世に危機が迫ったとき。悪しき心でドラゴンの力を奪わぬように、我々が力を持つ者を選別してきた」

 初老の男の手元で、蒼い炎に燻られた焼きごてが、熱を帯びて輝きだした。

「お前達は何のためにドラゴンを狩る? 理由を聞かせよ。格好を見たところ、ハイドラ聖教団の者と、軍隊の者のようだが──」

 ハンデルスが、初老の男の前に踏み出して応えた。

「俺はハイドラ聖教団の異端審問官ハンデルスだ。教団は信託の少女(オラクルフィーユ)から信託をうけとり、教団からの施しとして、ルギリ熱を癒すドラゴンの肉を求め、与える計画がある。俺がその計画でドラゴンを狩るものとして選ばれた」

「なるほど。で、そっちは?」

 初老の男はジークに目配せする。

「俺の命令は、いつも詳しい内容は聞かされない。だが、思うに上の目的は究極の魔石である竜玉の確保か、ドラゴンの肉で治療薬を作り支配に使うとかそういうところだろう」

「なげかわしいな。で、ハンデルスとやら。おまえがドラゴンの肉や鱗、至宝たる竜玉を軍隊のように悪用しない保証はあるのか?」

 じろりと、初老の男がハンデルスの目を見据えた。

「俺が所属しているのは慈善団体だ。汚れ役の俺は知らんが、教皇がお題目を付けて善きにはからうだろうさ。ハイドラ聖教団の勢力拡大にもなる」

「医者であり、薬香師でもある私が、ドラゴンの肉や鱗から薬を煎じます」

 イレーヌがそう続けた。

「それはルギリ熱に苦しむ貧民達にも行き渡るのか?」

「そのかわりハイドラ神を信仰しろとかいうだろうがな。薬が欲しいなら、口先で承諾しておけ。俺も異端審問官だが、信仰心に厚いわけじゃあねえ」

「お前さんは説教坊主には向いておらんな。ふむ。では右手を出せ」

「利き腕は困るんだが。傷が癒えるまで仕事が出来ない」

 ハンデルスが眉を寄せる。

「利き腕を出せ。なに、この古代魔術の炎に燻された焼き印を押す際には気絶するほどの激痛を伴うが、お前に邪心がないのなら霊薬で癒してやってもよいぞ。正しき心でドラゴンの力を行使する覚悟はあるか?」

 初老の男は、真剣な目つきでハンデルスに訊いた。

「俺はそういうのは苦手なんだが、仕事だ。押してくれ」

「逃げ出さなかった度胸は褒めてやるぞ、若人よ」

 初老の男は、ハンデルスの手の甲に焼きごてを押す。ジュッ、という肉が焼ける音がテントの中でにぶく響いた。

「むっ……!!」

 ハンデルスが思わず声を上げるのを見て、イレーヌが青ざめる。

「ハンデルス……」

 初老の男は、つぎはぎだらけの服から高価そうな霊薬を取り出すと、イレーヌに渡した。

「傷を癒す霊薬だ。今すぐドラゴンを狩るならば使うがよい。ただし約束を違えるなよ。違えた場合は、お前は五体を失うだろう。その焼き印によって──」

「ちっ、めんどくせえことになった」

 ハンデルスは舌打ちして、手の甲に押された焼き印を見た。暗いテントの中からでもわかるほど、淡い蒼い光を発する火傷の後ができている。

「さてと。次はおまえさんだが。いい色の眼をしておるな」

 初老の男は、ジークの眼を見て、口元だけで笑った。

「先刻、反乱軍の斥候にも同じ事を言われたが、俺の目はそんなに変わっているのか?」

「蒼は反逆者の色だ。この空皇帝が支配する王都トルテカにおいてはな。お前さんは暗殺者として反乱軍を殺しているのか? 彼らの気持ちはわからんのかね」

ジークは逡巡したのちに、応えた。

「殺した後に得られる情報で、彼らが何をしていて、どういう存在かはよく知っている。だが仕事だ。俺は正しさで動いているわけではないし、命令を無視するわけにはいかない」

 初老の男の目に感情が揺れた。

「お前さんと話した反乱軍の斥候はな、おそらく儂の息子だ。蒼い眼の暗殺者のことは息子からきいたことがある。軍隊の中でそういった出で立ちをしている可能性があるものが、何者かも、な」

「どういうことだ。今朝からまったく意味が分からない」

「昔の記憶を忘れてしまったかね?」

「俺には記憶がない。気がついたら、軍隊で暗殺者をしていた」

 初老の男は、哀れむように目を閉じた。

「……不憫な。息子は最後になんといっていた?」

 ジークはアサシンスーツの懐から古い鍵を取り出して見せた。

「反乱軍の長に、俺の手でこの鍵を渡せといって、自害した」

 初老の男は、息子の死を受け止めるように頷いてから、続けた。

「そうか。お前さんは軍隊にその鍵を渡さなかったわけだな。自分が何者なのか気になるか」

「気になるが、あんたたちは俺の何を知っている?」

 ジークが訝しげに問うた。

「自分で知った方がええ。儂は、息子──ガラムのために、お前さんの腕に焼き印を押すぞ。その意味がわかるか? お前さんは道から外れた暗殺者など、焼き印の力でできなくなる。ドラグーンだったガラムの遺志を果たしてくれるか? そして自分自身を知るために、正しき道を歩む覚悟はあるか?」

「その覚悟を持って、反乱軍の長にこれを渡せと? おれは帝国軍の暗殺者だっていってるだろう。どいつもこいつもなんなんだ一体…でも、俺は──」

 ジークは、そういいながらも、炉で燃えさかる蒼い炎を見つめて続けた。

「──俺は暗殺者という仕事が好きではない。仕事の際に得た情報をもらさぬために、俺も用済みなれば軍隊から消されるだろう。この世の暗部を全て知って、それでもしらんぷりして、生きてないのに生きてるふりをしているだけだ。ただ、軍隊には生かして貰っている恩がある。裏切れん。それに──」

 ジークの脳裏に、キルシェの顔が浮かんだ。

「生かして貰っている? お前さんが生きることに許可などいらんだろう? この焼き印の痛みがお前を正しい道に導くだろう。さあ、右手を」

 初老の男は、ジークの手の甲に焼き印を押す。信じられない激痛が襲い、ジークは苦痛に顔を歪めた。

「霊薬だ」

 ジークは初老の男から霊薬を受け取ると、薄暗いテントの中、炉の中で蒼々と燃える炎をじっと見つめた。暗殺者としての生き方は、焼き印によってできなくなる。いままでと決別し、軍を出る覚悟を決めたのだった。

「武器を預かるぞ。それまで休むとええ。何もない家じゃがの。儂の名前は鍛冶屋のバルドル。なに、長い付き合いになるだろう」

 初老の男──バルドルは、鍛冶仕事に取りかかった。



 数時間後。

 霊薬によって焼き印の傷も癒え、霊鉄で打ち直した武器(ギア)を手に、ジーク、ハンデルス、イレーヌは、グランドロスの遺跡の前に立っていた。ハンデルスはスチームギア・シャルフリヒターのチェーンを思い切り引く。駆動音と同時に蒸気が発生し刃が発熱しはじめる、チェーンソーのような刃先が回転しだした。

「蒸気機動刃《スチーマー》。イレーヌはショットギアの火炎弾《フレアブレッド》、炸裂弾《バーストブレッド》を使え。あの鋼鉄の表皮を溶かして闘う」

「グルオオオオオオッ!!!」

 人の気配を察知したのか、遺跡からグランドロスが地響きを上げて現れた。その鋭い眼光で殺気を向けられると、重圧で身体が重くなる。森の木々はざわめき、異様な空気となった。森全体が遺跡の主を恐れているようだった。護龍の守護神と呼ばれるだけあって、頑健な鉄の表皮が黒光りするその姿は、気品と獰猛さを併せ持ち、存在が周囲を圧倒する。

「お前に恨みはないが──、いくぞ」

 ハンデルスは重い空気を切り裂くように、疾風のようにその場から駆け抜け、自身の身長ほどもある巨大なスチームギア・シャルフリヒターを大きく振りかぶり、グランドロスに一刀を喰らわせた。
 
 グランドロスの鉄壁の表皮がスチームで溶かされ、攻撃が通る。ハンデルスは大振りの連撃を続けてグランドロスに見舞う。グランドロスからの鋭い爪撃を、大剣を盾のように使う事で防ぎ、そのまま大剣を振りかぶり、強烈な一撃を浴びせていた。

「任務開始──」

 眠そうなジークの目が、暗殺者のそれに変わる。グランドロスを奪われるのを阻むかのように、その場から跳躍し、アサシンギアジュマンジを竜殺装甲《ドラゴンキラー》に変形させた。

「暗殺術《エクスリマアーツ》──発動」

 ジークは俊敏な動きで、高温の炎を発し熱量を持つ双刀の竜殺装甲《ドラゴンキラー》を、舞うような連撃をグランドロスに見舞った。紅い炎と火の粉が残像を描く。

「ギャオオオオオオオオ!!!」

 ハンデルスの振るうシャルフリヒターの回転刃に外殻を切り裂かれ、グランドロスが悲鳴を上げる。ハンデルスは、グランドロスの背に乗り、シャルフリヒターの刃をグランドロスの首めがけて渾身の力で打ち込んでいた。切断はされなかったものの、グランドロスの傷は深い。
 
 グランドロスはハンデルスを背に乗せたまま、振り落とすように暴れ、背中の気孔から溶鉄を吐き出す。次の瞬間、大きな魔方陣が広がり、溶鉄は刃の形に変形し、無数の鉄塊は三人に放たれた。

「ぐおッ!!」

 ハンデルスは近距離から放たれたそれを躱そうとしたが、数が多すぎて身体に突き刺さり、負傷してしまった。

「ガアアアアアアアアアッ!」

 グランドロスの一際大きな咆哮。空気が痺れたように振動し、三人は身動きが取れなくなる。

 一呼吸置いて、グランドロスは強力なドラゴンブレスを広範囲に見舞った。

 高温の炎により、辺りの木々がなぎ倒されて燃えていく。近距離攻撃を行う、ハンデルスは、炎に阻まれグランドロスに近寄れない。

 ハンデルスとジークの周囲は円陣のように炎に包まれて、周囲の酸素がみるみる消耗される。ドラゴンからの攻撃に耐性のあるジークは平気な顔でドラゴンブレスの中に飛び込み、燃えさかる火の海の中、舞うように連撃をグランドロスに加える。

「こいつは──なんでドラゴンブレスの中に飛び込んで平気なんだ……!?」

ハンデルスは炎の円陣のなか酸欠状態に陥り、膝をついた。

「ギャオッ!?」

 ドラゴンブレスを隔てた遠距離から、ハンデルスを援護するように、イレーヌの放つ火炎弾がグランドロスに連続で着弾した。分厚い鉄の装甲を溶かすと、炸裂弾が続いて着弾し、グランドロスの表皮を巻き込んで炸裂する。

 その隙に、ハンデルスは炎の円陣から退避し、背後からグランドロスを攻撃した。攻撃を受けて逆上したグランドロスの重く鋭い尾撃がハンデルスを狙い、鋼鉄の尾が叩き付けられる。石畳が粉々に粉砕されて飛び散った。
 
「ハァーッ、ハァーッ……」 
 
 グランドロスは身体を上下させて息をし始めた。涎を流し、巣穴へ向かうのか、翼を広げてその場から飛び立った。ハンデルスはなおも、退却するグランドロスを斬りつけていたが、逃げられてしまった。

「逃走したか──体力回復か?」

 ジークはそういうと俊敏な動きでその場から跳躍し、グランドロスの後を追った。

 遺跡の中にある巣穴で、グランドロスはなにかを食べていた。ジークが目をこらすと、自身の子供であるドラゴンの幼体を喰っている。共食い。ジークは眉をひそめた。

「──」

 ジークは竜殺装甲《ドラゴンキラー》をふるうとグランドロスとドラゴンの幼体を引き離した。死にかけで震えるドラゴンの幼体をつかむとアサシンスーツの懐に仕舞う。

 ジークはアサシンスーツの懐で小さく抵抗するドラゴンの幼体を無視して、グランドロスへ向かった。

 ハンデルスの大剣による攻撃でグランドロスは弱っていたが、激しい抵抗を受ける。鋭い尾撃を喰らい、ジークは遺跡の壁に叩きつけられた。

 反転する視界。ジークの口元に何かが流れ込んだ。鉄の味がする。ジークが口元を拭うと、それはドラゴンの幼体が流していた血だった。

「!? なんだ、これは──」

 ジークの体が突然熱くなる。その熱は竜殺装甲《ドラゴンキラー》に形態を変えているジュマンジにまで影響し、鉄が透けたように赤く輝いていた。ジークは上昇していく身体機能を駆使して、グランドロスの元まで疾走する。

「エクスリマアーツ、発動」

 ジークの竜殺装甲《ドラゴンキラー》による舞うような連続攻撃が、まるでバターを裂くようにグランドロスの硬い装甲を切り裂いた。そしてグランドロスからの攻撃、爪撃、圧撃、尾撃を、ジークの身体は一切受け付けない。身体が鋼鉄になったようだった。不可解な変化だったが、ジークは構わず、人間離れした速度で、乱舞の連続攻撃を加えていく。

「……」

 横でグランドロスを斬りつけていたハンデルスが、ジークの身体能力に目を瞠る。

 ジークの暗殺術《エクスリマアーツ》により、外殻をズタズタに切り裂かれたグランドロスの皮膚からは肉が覗いていた。ハンデルスが鋼鉄の表皮が溶け、中身が見えている尾を切断し、遠くで様子を眺めていたバルドルに投げる。

「──むぉっ!?」

 バルドルはまだ生暖かいドラゴンの尾肉を思わず受け取ると、ハンデルスに戸惑った視線を向けた。

「まずは手ごろなそれで、貧民街の連中の薬を作ってやる。もっときな」

 ハンデルスが、バルドルに叫んだ。

 イレーヌのショットギアによる火炎弾《フレアブレッド》が、外殻の剥がれ落ちたグランドロスに着弾し、火花を散らす。ハンデルスはスチームギア・シャルフリヒターによる大振りの連撃を再び見舞いはじめた。

 ジークは、とどめを刺すように、竜殺装甲《ドラゴンキラー》の乱舞を幾閃もグランドロスに浴びせた。

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 頑健な外殻を失ったグランドロスは、一身にジーク、ハンデルス、イレーヌによる集中攻撃を受け──大きな断末魔と共に絶命し、地響きをたてて倒れた。

「……」

(すまない。安らかに眠ってくれ)

 ジークは目を閉じて黙祷すると、瞳を空けたまま絶命しているグランドロスの瞼を掌で下ろし、鋼の身体に触れた。グランドロスの身体はまだ温かかったが、徐々に熱を失っていく。ハンデルスとイレーヌは、グランドロスに黙祷するジークの姿を、黙って見ていた。

「やったか──まさかグランドロスを倒してしまうとは──」

 遠くで見ていたバルドルが三人のもとへ駆けてきた。

「おまえさん、途中からグランドロスの攻撃を全く受け付けておらんかったが、あれはなんじゃ、魔法か?」

 ジークは、ドラゴンの幼体がいたことと、その血を飲んでしまったことは黙っていた。ドラゴンの幼体は、ジークの服の下でもぞもぞと動いている。

「民間人は退去せよ」

 その時だった。飛空挺が着陸し、中から護龍ヴァルバ正規軍ウィツィロトの一個小隊が現れ、バルドルを突き飛ばした。ハンデルスは軍人達をにらみつけ、皮肉をいった。

「自分たちは高見の見物で、グランドロスだけは戴いていこうって腹か」

「我々はジークを派遣した。ジークの戦果によりグランドロス討伐は成し遂げられた。民間人は退去せよ」

 ヴァルバ軍の隊長は、無機質な口調でハンデルスに言った。

「ひどいわね。グランドロスは、私たち三人で倒したのに」

 イレーヌが、美しい唇で非難を口にする。

「……」

 ジークは、高飛車に言葉を放つウィツィロトの隊長を、拳で気絶させた。

「なっ──ジーク貴様!」

 言い終わらないうちに、ジークは次々隊員達を拳でのしていった。その攻撃は共に闘ったハンデルスからみて明らかに手加減したものだったが、ものの数分で一個小隊はジークに気絶させられ真っ平らになっていた。

「おまえ──いいのかよ。そいつらは仲間じゃないのか?」

「軍には服従している。だが──長く殺しをやっていると──頭がおかしくなるときがある。グランドロスが欲しいなら持って行け。おまえ達の手にある方が、こいつは役立つだろう。お前達の教団から、ルギリ熱の治療薬を患者に配ってやってくれ。俺としても、お前達と苦労して倒したグランドロスを軍に悪用されては気分が悪い。処罰は甘んじて受ける」

 ジークはそういうと、機械的な動きで飛空挺に気絶した隊員達を次々と投げ込みはじめた。

「恩に着る。お前のお陰で、グランドロスを倒せたようなもんだしな」

「ジーク、だったわよね。ありがとう。私たちはグランドロスの遺体を確保してハイドラ聖教団の教会へ戻るつもりでいるけど、先にさっき仕留めたグランドロスの尾で、貧民街の人達の薬を作って配ることにしたわ。バルドルさんにはお世話になったもの」

 ハンデルスが口元だけで微笑み、イレーヌも静かに微笑んだ。二人はハイドラ聖教団の荷馬車に乗った聖騎士団が現れると、遺跡からグランドロスの遺体を運び出した。遺体を切り分けて荷車に乗せ、山岳都市である聖都オルゴンの教会まで運ぶらしい。

「おまえさんは、なかなか見所がある奴のようじゃの。暗殺者には向いておらんぞえ」

 バルドルはグランドロスの尾を嬉しそうに手にしながら、笑った。ジークは、ハンデルス、イレーヌ、バルドルの三人に感謝を向けられ、変な顔をしている。

「人に──感謝されるなんて始めてだ」

「ははは。暗殺者じゃあそうだろうな。それと──」

 ハンデルスが、ヴァルバ軍の一個小隊を飛空挺に投げ込む作業を終えたジークに声を掛けた。

「これは貴重なドラゴンの竜玉《ギア・ストーン》だ。おまえがいなきゃグランドロスは倒せなかった。グランドロスの遺体は俺たちがいただいていくが、竜玉《ギア・ストーン》はおまえにやる。軍隊じゃなく、ジーク、おまえ個人にな。バルドルとの話を訊いていたんだが、お前が軍隊から抜け、反乱軍のもとへ行くのなら、この竜玉もあれば助けになるだろう」

「何で俺に? あんただって任務で必要なんじゃないのか」

 ジークはハンデルスの行動を訝しんだ。

「──俺は、元々反乱軍のドラグーンだった。訳あって今はハイドラ聖教団に身を置き、異端審問官をしているが、竜玉は反乱軍の元にあるほうが安心できる。教皇には偽物を渡しておく。お前にとっては不可解だろうが、俺の行動の意味も、後になればわかるだろう」

 ジークは黙ってハンデルスの目を見た。落ち着いた黒い瞳の偉丈夫、といった印象で、剣の腕も立ち、重厚な雰囲気を持つハンデルス。ハンデルスが放つ威圧感は、人間としての厚みだろうか。異端審問官をしているというハンデルスに対して、ジークは悪感情を持てなかった。

 ジークは、ハンデルスから受け取った、ビー玉ほどの大きさの、蒼色の美しい魔石を黙って眺め、アサシンスーツの懐にしまった。

「またね、ジーク。あなたとは、またどこかで会うような気がするわ」

 イレーヌがジークに言った。ハンデルスとイレーヌは、バルドルに渡したグランドロスの尾からルギリ熱の特効薬を作るために、遺跡から王都の貧民街に戻っていく。世話になったバルドルのいる貧民街に行き渡る薬は、今渡したいとの希望で。



 ジークは気絶したウィツィロトの隊員達を後目に、飛空挺の操縦をオートに切り替えながら、ハンデルスが渡してきた竜玉を眺めてた。軍紀違反をしたジークが本部に戻れば、厳しい処罰を受けるだろう。ここで軍隊から逃げ出し、ガラムの遺言通り、反乱軍のいる夜都ダロネアに向かうという選択もあったが、ジークは一度本部に戻り、別れを言いたい相手がいた。

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