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ORIGINAL CONTENTS

連載中の一次創作作品です。

08: ひとときの安寧2

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 夜になり、隠れ里の民家に明かりが灯る。里の者からお礼にもらった食材をつかって料理をし、丘の上でキャンプするメイルとブロスとセムとヴァラッド。ヴァラッドは茸が好きなので、焚き火の上に網を敷き、茸を焼いている。少年の両親が調味料を分けてくれたので、それを使って焼き茸に舌鼓を打っている。

「俺、茸食べたのいつぶりかな。美味い」

「よかったな、もっと食べろよ」

 ブロスが茸を焼く。メイルとセムが獣肉と山菜と茸の包み焼き、山菜と茸のスープ、オーツ麦のお粥を皆に配膳する。獣肉と山菜と茸は、各々の旨味が混じり合い、柔らかく火が通って、彩りの香辛料とよく合った。山菜と茸のスープも、さっぱりした旨味で、スプーンが進んだ。オーツ麦のお粥も、優しい味わいで、包み焼きとよく合った。メイルは多人数で食事をとるのは初めてだったが、外で食べる食事はとても美味しかった。

「美味かったな」

 ヴァラッドが満足げに、絨毯が引いてある焚き火の隣に横になった。

「ご馳走様。メイルとセムは料理が上手だな」

 ブロスがメイルとセムとねぎらった。メイルがそう言われて照れている。

「ところで、今後のことなんだが……私の代替部品の研究が終わるまで、ヴァラッドとセムも、夜都ダロネアの近隣に身を隠していたほうがいいと思うんだ。ヴァルバ正規軍の追手が来ないとも限らない」

 メイルは現実を直面して沈んだ面持ちになった。両親は、メイルをかばったばかりに反逆者とされているのだ。そして、人工太陽《ルインファルス》の部品になることを拒否したメイルも。メイルたちに安住の地はないのかもしれないと思うと、メイルの気持ちが不安と恐怖に揺らめいた。

「ブロス。そういう話も大事だが、俺とセムには時間がない。だからせめて今の話を…メイルと話がしたい。俺は、メイルとジムダルの暮らしの話が聞きたいな。それからこれからメイルがどう生きたいのかも。希望は凍りついた明日を壊す力がある。メイルと会って団らんできる、今日のビジョンを過去に見たから、俺とセムが14年拷問に耐えられたみたいに」

 ヴァラッドはメイルの不安そうな表情を見たのか、そう言って笑ってみせた。ヴァラッドの言葉に、ブロスが果実酒を飲みながら応えた。

「それはお前の、未來と過去を見通す『デウスの眼』の能力で見たのか? 私は未來が怖いから必死にならざるをえない人間だ。未來を見るのは怖い」

「悲観的なのはよくないなブロス。未來というのは一個じゃない。いくつも枝分かれしていて、気持ちの強い方に進む時がある。だから自分がこうしたいという希望は大事なのさ。運命を捻じ曲げる力があるからな」

 ヴァラッドがそういってメイルの頭を撫でた。メイルは、ヴァラッドに促されるように、ジムダルとの花園で過ごした穏やかな時間のことを話した。

 花や動物に囲まれて暮らしていたこと、花園の夕暮れ時はとてもきれいなこと、コスモスの花が大好きでいつも花壇を作っていたこと、ジムダルは無口だったけどいつもメイルに優しかったこと、そんなジムダルがいなくなることが不安になってしまったこと、両親が必ず迎えに来るというジムダルの言葉を信じていたこと、誕生日に両親に会いに行こうとして、家出をしてジムダルが迎えに来てくれたこと、ドラゴ将軍がやってきてその生活がなくなってしまったこと――。メイルは驚くほど饒舌に話した。

「そうか。メイルはジムダルと一緒に、穏やかな時間を過ごしていたんだな。安心したよ。しかしジムダルが……親父が花を育てるとは。よっぽどメイルを喜ばせたかったんだろうな。綺麗な穏やかなものをメイルに見せて育てたかったんだと思う。できれば、その生活が、ずっと続いてほしかったが……」

 ヴァラッドがそういうと、メイルが首を振った。

「その幸せが、お父さんとお母さんの痛みと引き換えだったなら……反逆者と言われても、今のほうが納得できます」

 メイルがヴァラッドの瞳をまっすぐ見て応えた。

「ありがとう。メイルは、自分が生贄になることについて悩んだり葛藤があると思うんだが、メイルが死んで世界の役に立つことは、護竜という世界から見たら正しくて立派なことなのかもしれんが、それで救われる人間とお前を天秤にかけて、自分の人生を捨てさせて死を強いることが、俺にはできなかった。ドラゴの行動は世界から見れば正しい。息子を生贄にしても世界を守るという選択は俺には出来なかったから。間違いだとしても、手の届く者の命を守りたかった。メイルには、死んで役に立つんじゃなくて、生きて人を幸せにできる人間になってほしいと思っているよ」

「……でも、私がこうして生きていることで、私の代わりに生贄になる人がいるというのは事実です。意思や痛覚を持たないという魔造人間の素体だって命です。それを考えると、罪悪感でいっぱいになって、苦しくて耐えられなくなります。私は今日、生贄なった人を見殺しにして、自分の命と、お父さんとお母さんの無事を選んだんです…そんな私に人を幸せになんて、できないと思います…」

「メイル、太陽に生贄が必要な問題を作ったのは、護龍から太陽を消し去った黒騎士テスカの一族だ。彼らは太陽を魔術で召喚するという義務を負っているが、その手段については民に責任を負わせている。だから、民の不満へのガス抜きとして生贄試合(シェーニェ・マーチ)が行われ、生贄になる者が負けたら反逆罪でその場で処刑だが、皇帝と直接戦う権利が与えられる。この風習はもう何百年も続いていて、メイルが生贄にならないからこうなったわけではないんだよ。ここ近年になって、ドラゴが計画を進めている、ルインファルスという人工太陽の話が出てきたから、動力の部品としてメイルの封魔の能力が必要になったんだ。部品になるというのは半永久的にだ。お前の承諾なしに部品にするのは間違っているだろう」

「私は、お父さんとお母さんの痛みと引き換えに、のうのうと何も知らず、ジムダルに守られて、花園で生きていました。だからお父さんとお母さんを救えるなら、私は人殺しといわれても、非難されて居場所がなくなってもいいです。お父さんとお母さんは、すべてを失う覚悟で……私をずっと守ってくれたから……」

 メイルが両親の話を聞きたいと言いだした。出会いと、馴れ初め、メイルが生まれたときのこと……だが、メイルがそれを口にした瞬間、なぜか場に気まずい空気が流れた。

「そうだな。オレが話すよ。メイル、父さんと後片付けをしようか。洗い物しながら話してやるよ。ブロスとセムはゆっくりしてろ。久しぶりだし、話もあるだろうからな」

 メイルは眼を輝かせて、焚き火の前から立ち上がると、食べ終わった食器を持って、ヴァラッドと炊事場に向かった。


scene2

「ごめんなメイル。お母さん、昔ブロスと恋愛してたから……二人とも、こういう話が気まずいんだ」

 ヴァラッドは、飄々とした言動とは似つかわしくない手際の良さで、綺麗に食器を洗う。

 メイルはヴァラッドの言葉に驚いて、でも母の話をしていたブロスの様子を思い出して、納得する思いだった。ブロスとセムは、再会してからほとんど会話していなかった。そんな二人を、二人っきりにしたのはなぜだろう。父も母と一緒にいたいはずなのに、おかしいな、とメイルは思った。

 ヴァラッドは、言葉を選んでメイルに昔話をした。

「メイルのことを思うと、俺の話より、二人の話をしたほうがいいな……」

「?」

 ヴァラッドは、昔の二人は相思相愛でとても仲がよかったこと。ある事件をきっかけに、セムがその記憶をなくしてしまったこと。以降、セムがブロスを拒絶するようになり、ブロスはひどく傷心して、学問の見識を深める旅に出てしまったことを話した。メイルは、父がなぜブロスと母の話をするのかわからなかった。

「俺は……ブロスとは統都ラガシュの軍人時代からの10年以上の付き合いで、セムはもっと昔……子どものころの遊び相手だった。セムもブロスもおんなじくらい好きなんだ。自分の一部にも近いセムが傷ついてるなら、雨風がしのげる傘になってやりたかったし、傷が治るまでの添え木みたいな存在でいようと思ってたんだ。ブロスが傷ついてたら、ブロスにも同じようにしてたと思う。でも、ブロスはセムじゃないとだめだったんだよ。セムもそうだと思ってたから、俺を選ぶと思わなかった」

 ヴァラッドは、穏やかに応えるメイルの雰囲気が話しやすいと思ったのか、いつしか本音を吐露していた。

「結果、ブロスからセムを掠め取る形になっちまったが……ブロスは長い間、俺達の前から離れていた後、それでも俺とセムを祝福してくれて、友人でいてくれた。嬉しかったよ。どこか、寂しくもあるけどな」

 ヴァラッドは、ブロスに殴られたほうが、まだ納得できた、と続けた。

「お父さんは、会った時からスキットルでずっとお酒を飲んでいますが……それは……寂しいから……? いえ、ごめんなさい! 立ち入ったことをいってしまって……」

 メイルがあわてて言葉を打ち消す。ヴァラッドが苦笑いを浮かべる。そして、スキットルの酒をあおった。

「『デウスの眼』は、意識の中に四六時中流れ続ける、情報の洪水だ。意識を酩酊させたくて、酒を飲んでるんだが……そうだな、寂しくもあるな。自分が、情報の洪水に取り残されて、一人になった感覚になる。でも、セムとブロスと酒飲んでるときは楽しかったな。セムはすぐ赤くなってよく喋るようになるし、ブロスは一日の反省会を始めて遠い目で自分をなじり始めるし……メイルも、友達は大事にな。俺達になにかあったら、ブロスを頼れよ」

 メイルは、両親になにかあったら、ということを想像するのが怖くて、そのことについては黙っていた。

「ブロスさんは、優しい人ですね。私を助けるために、軍属学者の職を辞してまで一緒に行動してくれたんです」

「そうだな。ブロスは優しいやつだよ。『デウスの眼』で過去や未来を覗かなくてもわかるよ……事情があって、セムはブロスを選べなかっただけなんだ。ただ、俺はそれでもいいと思ってセムと一緒になったから、幸せだよ。それは本当だ。セムの笑顔が、俺の生きがいだからな。どんな道化にだって、喜んでなるさ」

 ヴァラッドが、メイルに悪戯っぽく笑いかけた。

「そういう考え方ができるの……かっこいいです」

 メイルが頷きながら訊いている。ヴァラッドは、メイルの大きく澄んだ瞳から、メイルの過去と未来を『デウスの眼』で見た。メイルは、心臓の悪いジムダルや、動物や、植物に本当に優しく接してきたのだろう。メイルの過去の丁寧な暮らし、未來の過酷なビジョンが見えた。ヴァラッドはメイルに嘘はつけない、と思い、重くなる声を押すように、口を開いた。

「俺は……俺はな……メイルの、本当の父親じゃないんだ」

 メイルの頭の中が、真っ白になり、布巾で吹いていた皿を落としかける。

「でも、メイルが俺を父親だと思って、それが幸せなら、そういう優しい記憶になりたいと思ってるよ。メイルは本当に、優しい子だからな。ありがとなメイル、ジムダル……親父にも優しくしてくれて」

 ヴァラッドはそういって、メイルの頭を撫でた。

「優しい…『記憶』ですか? お父さんとは、これからずっと一緒にいられるのに?」

 メイルは一抹の不安を感じて、ヴァラッドに確かめるように訊いた。

「俺がどうなっても、メイルの本当の父親が、メイルを放っておくことは絶対にないよ。これは絶対だ」

 ヴァラッドは、メイルを励ますように言った。

「でも……本当のお父さんが名乗り出てくれたり、出会ったとしても、……お父さんをお父さんと思っていていいですか? お父さんは、私が本当の娘じゃないのに、14年も私のために痛みに耐えていてくれました。お父さんは、やっぱり私のお父さんです」

「ありがとう。メイル。俺もそう思ってるよ」

 皿を両手に抱えたまま、泣きそうになっているメイル。ヴァラッドはメイルの頭を、わしゃわしゃと撫で、背を抱いた。


scene3

「ヴァラッドとメイル、遅いわね……」

 パチパチと静かに爆ぜる焚き火の前で、セムが落ち着かない挙動でつぶやいた。メイルに話しかけていたときの柔和さとは全く違う、感情が凍てついた表情をしている。ブロスはセムと視線を合わせないまま、燃える炎に視線を落としたまま応える。

「……ヴァラッドは、メイルにおかしなことは喋ってないと思うぞ」

「そうね……」

 無言の時間が流れる。

「……ずいぶん無口になったのね。……私と一緒なのは、あなたにとっては不愉快なのはわかるけど……」

 セムは美しい表情を曇らせながら、ブロスを見た。セムの言葉に反して、ブロスは微笑んでみせた。

「いや。君が生きていて嬉しい」

 セムがびっくりしたようにブロスを見た。そしてやりきれないような表情になった。

「……あなたには幸せになってほしい。私とのことは忘れて……私は…あなたに殺されても文句は言えないもの。軍で拷問を受けていた時も、これは罰なんだと思っていたわ」

「君が罰を受ける理由はない」

 セムは、焚き火をじっと見ている。

「……言わないと、あなたを騙しているようで……でも、言ったら、あなたをまた縛り付けそうで怖い。でも本当のことを言うわね。メイルのことなんだけど……」

 その時、焚き火が大きく爆ぜた。

 セムの消え入りそうな声がかき消される。だが、ブロスはその言葉を聞き逃さなかった。

「ヴァラッドは……知ってるのか」

 ブロスがぽつりと応えた。セムがうなずく。

「私は……ヴァラッドを愛しているわ。だから、あなたの人生を縛るつもりで言ったんじゃないの。ただ、メイルのことを思うと、黙っていられなくて……私達になにかあったら、メイルの助けになってほしい。身勝手な願いだってわかってる。でもせめてメイルが、自分の力で生きていけるようになるまでは……」

「一つだけ。はぐらかさないで答えて欲しい」

「なに?」

 ブロスが静かに言った。

「なぜ……君は、私から離れていったんだ」

「愛して……たからよ。……やめましょう、この話は。……凍った怪物は、溶かさないほうがいいわ」

「私は、怪物のままだ」

「……どういうこと?」

「制御できない怪物が心のなかにいる。昔、念入りに殺しておいたはずなのに」

「私は、ヴァラッドが、好きなのよ。もうあなたとは、恋人じゃないのよ。ただのお友達よ、あなたは」

「私には……それが嘘に聞こえる。ヴァラッドは、信じられないくらいのいいやつだから、その嘘を受け入れて、君のそばにいるように見えるんだ。昔も今も、君の心は変わってないと信じたいんだ……心の奥で感じた真実(こと)は……そんな簡単に変わりはしないのだと……」

「……」

「……困らせて、すまない。ふられた男の悲しい妄想だよ。忘れてくれ。全部、嘘だ。君の幸せを願っているよ。メイルのことは心配しないでくれ。私が絶対に守るから」

「私も、あなたの幸せを願っているわ……あなたにそう感じる心があるなら、そういう心の持ち主と惹き合うはず。きっといるわ、あなたと普遍の真実をもって、歩めるひとが」

 ブロスはそれには応えずに立ち上がると、一人で丘の向こうまで歩いていく。セムはブロスの後姿を見ていた。


scene4

「お母さんが好きなものはなんですか? 私はお花を植えたり、飾るのが好きです」

 少年の父親が貸してくれたテントの中で、メイルとセムは話をしていた。

「そうね、私の好きなものか…。昔、ラガシュにいた時は、果樹園で働いていてね。大きな林檎の果樹園。だから今も林檎が大好きよ。メイルはお花が好きなのね。メイルにとっても似合っていると思うわ。メイルは、将来なってみたいものとかはあるの?」

「ジムダルは、『人間の素敵なところが見たかったら、花にまつわる仕事をしてみるんだな』って言ってくれたので、私も、ジムダルのような庭師さんや、お花屋さんになりたいんです」

 メイルがそう言ってはにかむと、セムがにっこり微笑んだ。

「そうねメイル。お花屋さんに訪れる人は、日常を花で彩るささやかな幸せを知っていたり、誰かのことを想ってお花を買いに来るものね。ジムダルはいいことを言うのね、お花が好きな優しい人達の暮らしの一助になれるのは、素敵なことだと思うわ」

「私もお母さんと同じことを思ったんです。だからお花を贈りたい人が喜ぶような、素敵なアレンジメントや花束を作れたらいいなって思ったんです」

「できるわよ、メイルなら。お母さんも、メイルが選んでくれたお花が欲しいわ。メイルはコスモスが好きなのよね。コスモスのアレンジメントもとっても綺麗でしょうね」

「コスモスがきれいな時期になったら、お母さんにアレンジメントを生けてプレゼントしますね」

「嬉しいわ。ありがとう、メイル」

とりとめのない話だったが、セムは優しくうなづいて、メイルとの会話を噛みしめるように、とても嬉しそうにしていた。メイルは、母が果樹園で働いていたことと、林檎が好物なことを訊いて、母の好きなものを知れて嬉しく思った。

「メイル、あなたに…言わないといけないことがあるの。あなたの身体に宿るものについて……あなたを産む前は、私の身体の中にあったもの……」

 セムは、『メイルの意識の中に、古の魔神の分体が封印されている』と話し、驚かないで訊いてね、と続けた。

「……あなたが怒りで我を忘れたり、意識を失ったり、魔神を封じている封魔の血が著しく失われると、あなたの意識を押しのけて、『それ』が出てくる可能性があるの。出てしまったら、周囲に対して破壊活動を行う。それは自分の意志では止められないわ。だから私達、封魔の御子は、この薬を持たされてきたの……でもあなたには……やっぱり渡せない」

 セムは、ランプの光が照らす薄暗い空間で、首元のペンダントを外した。ペンダントトップは小さな瓶になっていて、中には赤い液体が入っていた。

「即効性の……安楽死の薬よ。冥薬草を煮詰めたもので、苦しまず痛みなく死ねると……聞かされてきたわ。周囲に対して破壊活動を行う前に、意識があったのなら、これを飲むようにと、私は自分の母に言われた。母は、祖母にそう言われたらしいわ。でも私は、あなたが生きていることを、14年間ずっと祈り続けてきた。これをあなたに渡すことが正しいのだとしても、やっぱり……できない……!」

 セムは、その華奢な瓶を割った。赤い液体がセムの手のひらから零れる。メイルは、母の悲しそうな表情と、その液体をじっと見ていた。

「お母さん……」

「……昔ね、とてもつらいことがあって、この薬を飲もうとしたことがあったの。その時、泣きながら止めてくれた人がいた」

「それは……お父さん……ですか? 本当の……」

 セムが、涙を浮かべてメイルを抱きしめた。

「ヴァラッドが話したのね。私がつらかったことは、あなたの本当のお父さんの心を……傷つけてしてしまったこと」

「……本当のお父さん……お母さんは、本当のお父さんを愛していましたか?」

「ええ。だからあなたが生まれたのよ。あなたの本当のお父さんのことは、お父さんの都合もあって話せないけど、愛情深くて、人の痛みのわかる心の優しい人だったわ」

「お母さん……私、嬉しいです……私は望まれて生まれてきたんだって……信じることができるから……」

「メイル、辛くなっても、自分を見失っちゃだめよ。自分の心を手放さないで、自分に正直でいれば、魔神に意思を乗っ取られないで、道は開けてゆくから……あなたは自分と周りの人たちを幸せにできる、強い子だって信じてるわ……ごめんね、せっかく会えたのにこんな話をして。そろそろ寝ましょうか。今日は色々あって疲れたでしょう?」

 セムが、優しくメイルの髪を撫でた。メイルは、花の香りのする母の細身にくっついて眠る。時折セムが愛おしそうに、メイルの頭を撫でていた。安心する柔らかいぬくもり。母は、メイルに対してかぎりなく優しく暖かく、はっとするほど綺麗で、メイルも成長したら、セムのような女性になりたいと願いながら眠った。


scene5

「メイルは眠ったか?」

「ええ」

 テントからセムが出てくると、ヴァラッドがそう声をかけた。ブロスは神妙な面持ちで、焚き火の前に座っていたが、ヴァラッドとセムの様子を見ると、顔色を悪くして立ち上がった。

「悪いな、ブロス。もう時間みたいだ……」

 ヴァラッドがそう言うと、片膝を着いた。セムも口元からひとすじの血を流している。

「……すまない二人共……もっと私に、力があれば……」

 ブロスが、双眸に涙を浮かべている。所在なさげに立ち尽くす。

「こうなることはわかってたんだ。お前はメイルと一緒に、俺たちを助けに来てくれただろ。だから残った時間をメイルとも過ごせた。十分だ…よ……メイルを……頼んだ……ぞ」

 セムとヴァラッドは、折り重なるようにして倒れ、その身体をブロスは支えていた。二人は砂のように崩れ、夜風に消える。軍が二人に施した、逃走者に対する自壊の措置だった。


scene6

 翌日、メイルが目を覚ますと、両親がいなくなっていた。

 朽ちた焚き火の前で、ぼんやりと一人座っているブロスに両親の所在を聞く。二人は軍の逃走者に対する処置を受けていて、軍本部から離れれば1日も生きられない身体だったのだという。それでも、二人は娘のメイルと残された時間を過ごすことを選んだ。

「そんな……そんな……!せっかくお父さんとお母さんに、会えたのに、……これからずっと一緒にいられると思っていたのに……!」

 メイルの双眸から涙がこぼれたが、ブロスも嗚咽をあげて涙を流していた。メイルは大人の男性が泣くところをはじめてみたので戸惑ったが、とっさにブロスの肩を抱いた。

「ごめんなさい、ブロスさん……ブロスさんのほうが……辛いですよね……」 

 メイルはブロスを胸に抱くように、両腕で抱きしめながら、ブロスの広い背を撫でていた。それは少しの時間だったが、ブロスは涙をぬぐうと、メイルに侘びた。

「すまない。もう大丈夫だ。みっともないところを見せてしまったな。大人が泣いていては、君が安心して泣けないというのに……」

「いいえ、ブロスさんが私の代わりに泣いてくれたので……それにお父さんとお母さんとは、一緒にいた時間も長かったんですよね、悲しいのだって、無理もないです……」

 ブロスとメイルは黙々とキャンプの片付けをした。挨拶に来た少年の両親に事情を話すと、少年の両親はやりきれない表情を浮かべて、言葉を失っていた。

「友人やメイルともども大変お世話になりました。おかげで家族の時間が過ごせたと喜んでいました。軍の追っ手が来るかもしれないことも考えると、隠れ里に迷惑はかけられないので、私達はそろそろ失礼したいと思います。暖かい心遣い、心より感謝します。本当に、ありがとう」

 少年の両親とブロスは、固く握手して別れ、隠れ里の外界に繋がる門《ゲート》を開けてくれた。

「その……問題が解決したら、またこいよ。じいちゃんと、待ってるからさ」

少し寂しそうな表情を浮かべる少年に、メイルもお礼を言って、隠れ里を後にした。


scene7

「……お母さんは、封魔の御子が代々持ってきた安楽死の薬を、私にはどうしても渡せないといって泣いて、割っていました。私はそれを見て、自分の命を大事にして、生きて自分ができることで周りの人の役に立つことをするって決めたんです。お父さんとお母さんが愛し合って私が生まれて、私を大事に思ってくれていたなら、私にとってそれが一番の救いだから……生きて生贄になる以上に役に立つことをするって決めたんです……」

 メイルがスペリールラグーンで、古代人の森を駆けながら、ブロスに言った。

「……そうか。セムは、あの薬を、君には渡さなかったんだな。英断だよ。君のことは私が守る。代替部品も作る。君が、君の人生を選んで、幸せに生きていけるように……君のことを頼む、とヴァラッドとセムに託されたからな。私にも協力させてくれ」

「お父さんと、お母さんが……? でも、ブロスさんとまた一緒にいられて、嬉しいです。ありがとうブロスさん……」

 二機のライドギアは、霧がかった森から蒼穹に飛翔した。

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