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ORIGINAL CONTENTS

連載中の一次創作作品です。

01: メイル編プロローグ

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 濃紺の雲が流れる夜空に、満天の星が広がる。高く切り立った岬の岩壁が、海の果てまで続いていた。宵闇を映す海が、静かに波打っている。水面(みなも)に浮かぶ月が、白い水飛沫を上げて散った。静寂を破り、夜空と海の境界面を、二機のライドギアが滑走する。

『追撃せよ、駆逐せよ――』

 ルインフレーム(幻魔)に侵食された、ブロスのライドギア・インフェルノ。スマートな人型のフォルムをもつ黒鋼の機体。ブロスは、本来の穏やかな声音とは違う、低く人工的な言葉を発しながら、前方のライドギアを追う。

 インフェルノの操縦核《ミッド・ギア》には、ライダーであるブロスがいるはずだった。だが、蠢き、密集する魔鎖に拘束され、ブロスの身体はルインフレームの傀儡となっている。かつての意思や優しさが全く感じられない、獰猛な殺意と虚無を湛えた双眸。ルインフレームと同調する証のように、両目の端には、禍々しい紋章が浮かんでいた。

 インフェルノの前方を、逃げるように飛翔する機体――メイルをライダーとするライドギア・スペリオールラグーン。流れる景色を映し出す、雄々しいドラゴンを模した金色の機体には、覇気がない。メイルは、顔に苦悶の表情を浮かべている。攻撃態勢に入るインフェルノ。メイルは、ブロスの操るインフェルノを迎撃する決心がついていない。

『火炎の輪舞《フレイム・ロンド》――!』

 インフェルノの黒鋼の腕が、竜騎士の槍を構えた。鏃(やじり)から燃え盛る炎が顕現する。暗い岬の上空で、インフェルノは炎を纏った槍を振るう。舞踏の如き神速の連続攻撃を、次々とスペリオールラグーンに放つ。夜空に、炎と斬撃の耀(ひかり)が、幾重にも瞬いた。灼熱の炎は、スペリオールラグーンの装甲を溶かす。脆くなった箇所に、竜騎士の槍が容赦なく穿たれる。

「うあああっ!」

 身を裂く灼熱の炎と斬撃に、メイルが呻いた。インフェルノへの反撃を躊躇い、無抵抗のまま攻撃を叩き込まれたスペリオールラグーンは、海へと落下した。

『――烈火地獄《レイジング・インフェルノ》』 

 海へ落ちていくスペリオールラグーン。上空を見上げる視界。インフェルノはその身に、業火を纏った。地獄の使者さながら、激しい炎に包まれ、赤銅色に透けた翼を大きく広げる。夜空は炎で赤く染まり、海面は熱波により水蒸気を発し、一面が霧がかった。

『灼熱の焼却弾《ヒート・インシネレイション》!!!』

 ブロスが、インフェルノの限界呪文を唱える。インフェルノの機体から、火炎の衝撃波と火柱が奔った。海に落ちたスペリオールラグーンを中心とする広範囲が、灼熱の爆撃に包まれる。海水が天高く、滝の柱の如く浮き上がる。無数に飛散する水の粒が一瞬で蒸発。スペリオールラグーンの機体が沈む海域も、瞬時に気化。五体がちぎれるような衝撃を味わう。次いで灼熱の熱波が、メイルの操縦核《ミッド・ギア》を襲った。

 海面を抉る爆炎呪文に直撃したスペリオールラグーン。衝撃で荒れ狂う波に飲まれる。高熱の機体が海水で冷却され、高温破壊で砕けた。上空へ飛翔しようと足掻くスペリオールラグーンに、インフェルノは強烈な槍撃と、蹴りを放った。スペリオールラグーンは、岬の底へ弾き飛ばされ、半回転して転がったのち、動きを止めた。

「ブロスさん……どうして……」

 スペリオールラグーンが転がる岬の谷底へ向かって、インフェルノが疾駆する。青白い月を背にして、スペリオールラグーンの心臓部に楔を打つように、インフェルノが竜騎士の槍を突き刺す。ボロボロの機体に馬乗りになると、インフェルノは竜騎士の槍で、スペリオールラグーンを滅多刺しにする。一方的な殺戮だった。

「ああっ!」

 インフェルノが、竜騎士の槍をふるうたび、夜の岬だったはずの空間が黒色に変質していく。辺りが煉獄と灰色の空、枯れ木の森に囲まれる。幽界ノ陣《レグナント》。ブロスの持つエドゥアルトの指輪にはめられた、魔石(ギアストーン)が作り出す像――ブロスの心象風景に、辺りが塗りつぶされてゆく。

 それは、生というものが一切感じられない、美しく荒廃した地獄だった。灰色の空に、重なる枯れ木のシルエット。平和の象徴であるオリーブの木々は、一つ残らず朽ちている。漆黒の地面は、大きく無数に断裂しており、狭間から、マグマと炎が噴出していた。静かな滅びの空間で、響く弦の音色。大事なものが、根こそぎ失われた空間にいるような、胸をつく叙情と孤独。メイルは、ブロスの心の内を見た気がして、胸が締め付けられた。

「ブロスさん――」

 メイルは、操縦核《ミッド・ギア》に突き刺さる竜騎士の槍によって負傷しながら、ブロスに呼びかけた。反応はない。インフェルノは、荒廃の地獄の情景のなか、絶え間なくスペリオールラグーンを責め苛んだ。

 竜騎士の槍が、メイルの心臓を貫かんとする、まさにその瞬間だった。インフェルノの攻撃が止まる。

「……やめろ……メイルを傷つけるな……」

 インフェルノの操縦核《ミッド・ギア》に、ブロス本来の声音が響いて消えた。操縦核《ミッド・ギア》に密集する魔鎖の狭間から、ブロスが両腕を伸ばす。渾身の力で、魔鎖の拘束を引き千切る。操縦核《ミッド・ギア》のアイ・ウィンドウに、ブロスの半身が現れた。

「メイル、何をしている!! 長くは保たん、早く私にとどめをさせ!!」

 ブロスが、スペリオールラグーンの操縦核《ミッド・ギア》で放心しているメイルを叱咤する。メイルの唇はわななき、攻撃呪文を発せられない。

「ブロスさん、やっぱり私にはできません……」

 メイルの双眸から涙が流れる。操縦核《ミッド・ギア》で力なく両手を脱力させながら、インフェルノの機体から眼をそらす。ブロスは一瞬逡巡したが、いつもと変わらない様子で応えた。

「大丈夫だ、メイル。私は――死んだりしないよ」

 メイルを安心させるための優しい嘘――決死の覚悟で見せた笑顔が、操縦核《ミッド・ギア》のアイ・ウィンドウに映った。

「――っ」

 その笑顔と言葉を、初めて会った時もブロスは見せて、口にしていた。ブロスは窮地に陥った時ほど、メイルを安心させようと、優しい笑顔を見せてきた。だが、昔と今では情況が違う。メイルもスペリオールラグーンも成長し、スペリオールラグーンの全力をもって攻撃すれば、インフェルノの装甲は砕け、大破してしまうだろう。

“――共に戦う竜騎士であると誓おう”

“――君は信頼できるパートナーだ”

“――いい子だな、メイル”

 ブロスの大きな手が、メイルの頭を撫でる。大きい手のひらと細長い指の感触すら、鮮明に思い出すことができる。それがメイルにとって、どんなに心の救いになっていたか――。

 メイルは苦悶する。やるべきことはわかっている――だが、心がそれを拒否していた。メイルは、ブロスの心が作り出した孤独な情景、静かに響く弦の音色の中で、血が滲むほど唇を噛み締める。

「私は――私は――、全然いい子なんかじゃありません。自分自身に自信がないから、人の目が気になって「いい子」の枠から外れることができない臆病者です。ブロスさんが褒めてくれるから頑張っていただけの、封魔の御子といえばきこえはいいけど、人工太陽の生贄になるしか価値のない存在でした。でも――」

 メイルは、双眸に涙を溜めながら続けた。

「そんな私を、ブロスさんは信頼していると、パートナーだと存在を認めてくれました。私はそれが、心から嬉しかったんですよ――」

 ブロスは、沈痛な面持ちで、メイルのたどたどしい言葉を聴いている。

「君は信頼できるパートナーだ、メイル。それは今も昔も変わらない。私が完全にルインフレームと同化して、君と護竜を破壊する前に――私を殺してくれ――」

 ブロスは、その言葉が持つ残酷さにメイルが押しつぶされそうになっているのを承知で言った。ブロスを真っ直ぐ見つめるメイルの双眸から、大粒の涙がこぼれる。

「私の中に、時間の集積で出来た『本物の想い』があっても、ブロスさんを失えばそれはただの傷になって、思い出しても手の届かない記憶に変わってしまいます。私はブロスさんを失いたくありません――!」

「メイル、形あるものはいずれ失われるんだ。遅いか、早いかの違いで。だが、記憶は残る。私は、君が安らげる記憶の一つになれたのなら満足だ。君は『自分に生きる価値はない』といったが、それは違う。生きることに、特別な価値など必要ないよ。護竜という世界が、君の人生を否定するのなら、私が君の世界に――居場所になりたかった。君が堂々と生きていけるように」

ブロスは、メイルの瞳を見据えて続ける。

「私はドラゴに敗北してから、火の消えた蝋燭のように情熱を押し殺し、無関心を鎧う癖がついてしまった。胸の奥では、自分を奮い立たせるような炎を渇望していたのに。だが、ドラゴのような相手にも折れない君を見て、私の中の、不条理と戦う不屈の炎が蘇ったよ。私がいなくなっても、君の生きる世界は消えはしない。君がそう強く望むのなら! 君が何を失っても、生きてさえいれば、これから沢山のものを得て、自分の世界を作ってゆける。私を倒して一人になっても、生きるんだ!」

 ブロスが飛ばす檄。メイルが意を決したかのように、操縦核《ミッド・ギア》から身を起こした。

「ブロスさんは、私の――、優しい世界、でした」

 出力最大展開。

 目標は、目前のインフェルノ。

 スペリオールラグーンの動力炉に、古代魔術《エンシェントルーン》のエネルギーが、蒼色の燐光を帯びて収束してゆく。

「光より生まれいでし竜よ 我に戦う力を! 打ち砕け、スペリオールラグーン! 極光の嘆き《オーロラ・ティアーズ》――光の御柱《エンリ》!」

 メイルが、スペリオールラグーンの限界呪文を唱える。発現される光と呼応するように、メイルのかざす右手にはめられた蒼い指輪が輝いた。

「それでいい――君は私の心を照らす光だった」

 ブロスが、静かに微笑んだ。

「元気でな、メイル」

「うああああああああああああああああああああああああ!!!」

 メイルは、声にならない声をあげていた。双眸には涙がとめどなくあふれている。

 瞬間、スペリオールラグーンから発せられる光の御柱で、ブロスの心象風景につつまれた空間が砕けてゆく。ガラスのように砕ける漆黒の情景と、溢れる光の邂逅。光は、黒色の破片を残すことなく飲み込み、インフェルノのシルエットは跡形もなく、輝く金色に塗りつぶされた。

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