蒼釼のドラグーン

第五話 蒼刃の巫覡

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 薫る新緑。木々に身をよせた虫の声が静かに響く。涼風が心地よい初夏、正午を告げる鐘が打ち鳴らされる。夜明けがひときわ明るい暁の街、帝都・日ノ宮。

 帝居に悠々と建つ、帝都を見下ろすように作られたアマツヒノタツの像が、日光を浴びて金色に輝いている。アマツヒノタツは帝都の守り神とされる龍だ。アマツヒノタツの双眸が優しく見下ろす往来で、祝日である今日は夏祭りが行われていた。

 晴天の空に、笛の音、打ち鳴らされる太鼓、祭り囃子が響く。往来には石灯籠が並び、赤提灯が下がっている。立ち並ぶ出店からは、威勢のいい声が響き、食欲をそそる匂いがただよう。茶屋では幼子が甘味を食べて頬をほころばせ、行商の露店では普段はあまり見ることのできない、貴重な工芸品が並んでいた。

 参道には華やかに着飾った着物姿の男女が太鼓を抱え、袖をはためかせながら踊り、行進している。武者の描かれた巨大な山車灯籠が、幾つも往来を流れるなか、豪華絢爛な神輿が法被を着た民衆に運ばれていく。

「日ノ帝――、公威(きみなり)さまだ」

 金のすだれが下がる豪奢な神輿車から、帝都の王である日ノ帝(ひのみかど)が、喝采を送る帝都の民に向けてにこやかに手を振っていた。民の親しげな表情から、日ノ帝が慕しまれる好人物であることが伺える。

「いい日和だな、弦龍。民も楽しそうだ」
「ええ。ハレの日にこの晴天、アマツの加護に恵まれましたな、公威様」

 日ノ帝が穏やかに話しかける先には、和装の中性的な従者がいた。

 日の帝の後ろで静かに待機しているのは、近衛衆・陰陽師の土御門・弦龍(つちみかど・げんりゅう)。銀糸のような長い髪を左右に垂らし、理知的で静かな視線を往来の民衆に向けながら、年齢不詳の風体を品のある和装で包んでいる。

 後ろに続く、無数の花があしらわれた神輿車には、帝都の姫巫女である廻(めぐり)が乗っていた。絹のような黒髪を一つに結わえ、白くしなやかな肢体に涼しげな意匠の巫女装束が良く似合っている。大きく澄んだ瞳に、優しい微笑みを浮かべながらも、表情にはどこか翳りがあった。

「廻様――!! お花!!」
「ありがとう、とっても綺麗」 

 民は、愛らしい廻に向かって花を投げ、廻は笑顔でそれを受け取っている。

 暁の太陽を司る帝、日ノ帝の周囲には、帝都を守護する近衛衆――巫覡や陰陽師が警護のために配置されていた。

「暑いな」

 じわりと滲む額の汗を、鋼輔は右腕で拭った。

 巫覡見習いの刃鋼輔(やいば・こうすけ)は、帝都の人々の行進を、静かな黒い瞳で見守っている。黒い学ラン姿に注連縄の巻かれた大柄の刀、ブレードギア・倶利伽羅(クリカラ)を手にし、背筋を伸ばして直立した姿は、凛とした雰囲気を纏っていた。

 鋼輔は廻の乗った神輿車に視線を移し、廻に向かって手を振る。身分の差はあれど、幼馴染として幼少より仲良くしてきた姫君だ。最近、夢見が悪いという廻を、鋼輔は心配していた。廻の夢見が悪いときは、たいてい良くないことが起こる。

 廻が、手を振る鋼輔に気づく。嬉しそうに微笑んで、手を振り返してきた。二人は目が合ったまま微笑みあった。

「おうおう、仲良いなあ、お前ら。お熱いことで。しかし、こんな夏の日に学ランは本当に暑いな! 半袖着てくれば良かったよ」
「半袖だと近衛衆の格好がつかないだろう。皆、詰襟着てんだから我慢しろよ」
「真面目だよなあ、鋼輔は。この暑い中、黒尽くめの学ランときた、尊敬するぜ」

 同じ近衛衆に所属する土御門明(つちみかど・あきら)が、鋼輔の背を小突く。白い学ラン姿が、端正な顔立ちで爽やかな明にはよく似合っている。鋼輔と廻と明は、幼馴染だった。鋼輔は真面目、明は明朗快活、廻はおっとりした性格で、それぞれ個性も違うものの、昔からうまが合っていた。

「あっ――」

 浴衣を着た幼子が、流れる神輿や山車に夢中になり、手毬を誤って鋼輔の足元に転がしてきた。鋼輔は微笑んで手毬を拾うと、幼子に優しく手渡す。

「はい。気をつけてね」

「ありがとう巫覡のお兄ちゃん。なんだか、今日の廻様……元気ないよね?」

 手毬を受け取った幼子が鋼輔に訊いた。幼子の母親が鋼輔に頭を下げる。

「よく廻様を見てくれてるんだね。廻様は最近、夢見が悪いといっていてな。でも、廻様の身辺は俺たちが守るから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「廻様、元気になるといいね。巫覡のお兄ちゃんは、廻様の彼氏なの?」
「なに言ってるんだ。俺はただの、廻様の従者だよ」
「ほんとかあ? 鋼輔は廻様のお気に入りだからな」
 
 横で会話を聞いていた明がにやけている。幼子もつられたように微笑む。

「さっき、手を振って二人ともニコニコして、廻様の顔がいつもより嬉しそうに見えたからさ。ふふ。――あ、あれは!?」

 浴衣姿の幼子は、鋼輔との会話を終えると、往来にゆっくりと現れた複数の巨大な影に向けて叫んだ。母親ははっとして幼子を抱きしめる。

「黒影(くろかげ)だ! 妖(あやかし)が現れたぞ!!」

 群衆から叫び声が上がるなり、半透明の影は実体化し、爬虫類にも似た黒い妖が咆哮する。鋼輔が大柄の刀・倶利伽羅をすらりと鞘から抜くと、往来に飛び出した。

「怨敵滅殺 、浄魂追善――!」

 鋼輔は注連縄の巻かれた刀を鞘から取ると、目にも留まらぬ早さで白刃を黒影に振るった。閃光の走るが如く無数の斬撃を叩き込む。

「出でよ、十二天将がひとり――貴人 (きじん)!」

 明が黒影の群れに、形代である人型の白紙を飛ばす。人型の紙は人の姿を成し、美しい戦乙女の姿に変わると、無属性の強力な斬撃を操り、黒影を圧殺する。

 白と黒の二人の少年は、現れた黒影を次々と屠ってゆく。

「グルオォォォオ!」

 黒影が咆哮し鋼輔に殺意を向けると、黒影を取り囲むように蒼い陣が広がり、無数の斬撃が黒影に襲い掛かる。

「カルラ炎よ――」

 鋼輔は刀身に蒼炎を宿す。瞬く間に燃え広がる蒼炎は、斬撃と共に黒影を包んだ。黒影は蒼い炎の中、耳障りな声を上げて絶命し、黒い砂塵となって消える。

「魔切りの御霊よりて邪悪斬絶 、我が蒼刃 、倶利伽羅に斬れぬものなし――!」

 黒影が数匹、日ノ帝の神輿車に近づく。上品な和装に身を包んだ日ノ帝は、騒動に慌てることなく、金のすだれを手でどけながら、優美な所作で中から出てきた。

「日の光よ」

 日ノ帝が掌を向けると、上空から現れた光閃が黒影の群れを貫き、誘爆させ、跡形もなく消し去る。だが、直後に苦しそうに咳き込んだ。

「公威様! お身体に障ります、神輿車に下がって、我々にお任せを!」

 身体の弱い日ノ帝を案じて、近衛長の御子神泰正(みこがみ・たいせい)が日ノ帝の警護を固める。

 鋼輔と明は、黒影の群れの討伐にあたっている。長らしい一際大きな黒影に手を掛ける。赤い衝撃波を放ちながら暴れる黒影に、鋼輔は蒼い一閃で斬撃を、明は召喚した貴人を操り刃を浴びせている。

 黒影は鋼輔の刀から発せられる蒼い炎に包まれると、消える間際に一枚の紙切れに変わり――鋼輔は蒼い炎の中に手を差し伸べ、紙切れを掴んだ。

「これは――」

 陰陽師や巫者が用いる人型(ヒトガタ)だった。鋼輔は人型を学ランのポケットに仕舞うと、黒影の討伐を終え、元の配置に戻る。近衛長の御子神に、鋼輔が耳打ちした。

「御子神。黒影からこんなものが――」

「――ふむ」

 御子神が険しい顔つきで、鋼輔の差し出した人型を手に取った。まじまじとそれを眺め、嘆息する。

「異界の呪符だな。どこからこんなものが――」

「なんだあれは――!?」

 市街地の方角に、四つの光柱が上がる。

 次の瞬間、光柱の一つから漆黒の鋼鉄龍が空へ放たれた。街の中心部にあるアマツヒノタツの像を破壊し、漆黒の巨体が日ノ宮の空を覆っていった。

 同時に、光柱の中から実体のない磁気嵐、爆炎、豪雷が轟き、街を破壊していく。暗雲がたちこめ空を覆い、大雨を呼び起こすと、容赦のない落雷が民衆を襲う。逃げ惑う民は、不可解な災害級の「なにか」に恐れおののいた。

「なんということだ――見ろ、弦龍! 弦龍? ずいぶん顔色が悪いようだが、大丈夫か――!?」
「き、公威様……」

 日ノ帝――公威が、突然起きた天変地異に戦慄しつつ、背後でふらつく弦龍に向かって声を掛ける。公威と弦龍は旧知の友人である。弦龍は公威の身辺を守る陰陽師で、長い間苦楽を共にしてきた。先ほども公威に襲い掛かる黒影を陰陽術を用いて撃退していた。

「申し訳ありません公威様――、わたくしをここで殺めてくださいませ。先ほどの黒影との戦闘で、なにかしらの妖に巫力を乗っ取られてしまいました、あの災害を放つ光柱は、わたくしの陰陽術で異界から召喚されたもののようです、わたくしの意志が残るうちに早く――ウゥッ!!」

 弦龍が頭を抱えて苦しみだす。白目が赤く染まり、中性的な顔には呪術めいた紋様が浮いている。

「公威様、お下がりを。弦龍様はもう助かりませぬ。陰陽師は異界より式神を召喚する特性ゆえ、異界のものの手に落ちやすい。闇落ちした巫者を討つのは巫覡のつとめ、御免――!」

 それを見ていた近衛長の御子神が、刀を携え、弦龍を貫こうとする。その瞬間、磁気嵐が神輿車に直撃し、公威と御子神を吹き飛ばした。

 何者かに乗っ取られた弦龍は、神輿車に結界を張り、空を覆う鋼の黒龍を操り、街を破壊しだす。磁気嵐に吹き飛ばされ、片膝をついた公威は、暴れる黒龍に向かって手をかざした。

「出でよ、アマツの龍よ――」

 ドドン!という地響きとともに、黄金に輝く、巨大なアマツヒノタツが召喚される。アマツヒノタツは黒龍に激突し、その猛威を削ごうと、暗雲がはびこる空の隙間から無数の太陽光線を浴びせた。太陽光線は磁気嵐や豪雷、地中から噴出す火柱に直撃した。

 悪夢のような天災は一時静まるが、鋼鉄の黒龍、磁気嵐、豪雷、火柱は、今度は人の形を以て、暗雲と大雨が吹きすさぶ空に浮かぶ。

「我が名は、雷神・来駕(らいが)」

「我が名は、風神・尚武(しょうぶ)」

「我が名は、炎神・不知火(しらぬい)」

「我が名は、機神・軍機(ぐんき)」

『我ら、大いなる御方に従属せし、従神(ドゥークス)なり!!』

 四人の従神は名乗りを上げると、再び破壊を始めた。



 御子神は4神の召喚主である弦龍を撃つべく、弦龍の乗る神輿車へ特攻した。が、従神のひとり炎神・不知火に阻まれる。炎が御子神の行く手を阻んだ。不知火は褐色の肌に巨大な戦斧を携え、雄雄しい巨体を御子神に向ける。

「そうさはさせぬぞ、ご老体。術者を倒され、我々への巫力の供給が絶たれては、我々は現世に顕現できぬからな。御方に及ばぬ、あの術者の力量では我々の出力に制限がかかるものの、異能と五体が動けば上々よ」

 不知火は巫力の供給を確かめるように、身体を動かした。

「おのれ、弦龍様の力を利用しおって――。なにが従神だ、妖め!」

 御子神が不知火に言い捨てる。背後で風神・尚武、雷神・来駕と対峙する鋼輔と明に向かって御子神が叫んだ。

「鋼輔! 術者の弦龍様を討たねば、こやつらの召喚は解けん! 弦龍様を討つ隙を作れ!」

「我らを相手に隙を作れだと? ふざけたことをぬかす――」

 袴姿の偉丈夫である風神・尚武が、御子神の言葉に冷笑を浮かべる。

「街をめちゃくちゃにしやがって。覚悟しろ――」

尚武が降らせる大雨の中、鋼輔は刀――倶利伽羅を構え、尚武に対峙した。



「お前達はなんだ? なぜ日ノ宮を破壊する」

 鋼輔の双眸は怒りを湛えていた。近衛衆が日夜警護してきた街を、一瞬で破壊されたのだ。怒りは己のふがいなさにも向けられ、鋼輔はきつく唇を噛んでいる。

「我らは御方に従いし神。忘れられし異界の神だ。御方の偉大なる力の前に破れてから、従属し、破壊を仰せつかっている。お前達の生命は、御方の維持する太陽の糧となるだろう」

「御方って誰だ。太陽の糧ってなんだよ」

「我らの主は、太陽を操りし御方――テオ=テスカ様。テオ様の操る太陽には生贄がいる。テオ様の治めし護龍の王位継承式に捧げる献上都市にここが選ばれた。異界に侵攻して生贄たる民の命を採取している、というわけだ。わかったか愚民よ」

 尚武が高飛車に言い放つ。

「そんな勝手な話があるか! 黙って日ノ宮の人たちの命を差し出すほど俺達は腰抜けじゃないぞ」

「では阻んでみせてみるがよい! いかなる異界の猛者も、我々を前に敗れ去っていったがな」

 尚武は笑うと、圧縮された風力が磁気を発生させている薙刀を、渾身の力で振るう。鋼輔がとっさに薙刀の軌道から身体をかわしたのが幸いした。薙刀を向けられたコンクリート製の往来が、地中深くまで真っ二つに裂けていた。裂かれた断面からは、風力の余波で磁気が発生している。 

 鋼輔は一撃の威力に戦慄したが、倶利伽羅を握りなおし、尚武の懐に飛び込んだ。一刀を受け止める尚武。薙刀で間合いを取られると先ほどの強烈な一撃がやってくるので、鋼輔は食い下がって尚武に斬りかかる。鋼のような力に遮られ、攻撃を受け止められる。

「勇敢なのか臆病なのかわからん小僧だな。よほどあれを喰らいたくないと見える。民の命を刈り取るのにうってつけの一撃なのだが」

 尚武が笑う。鋼輔の倶利伽羅を握る手に力が入った。

「カルラ炎よ! ――なに!?」

 鋼輔は倶利伽羅が反応しないのを見て狼狽した。倶利伽羅から邪悪を抹消する蒼い炎が立ち昇らなかったので、そのまま尚武との斬りあいになる。

「炎の異能か? 残念だったな。我の雨には、霊力を無効化する呪力が込められている。この大雨の中では異能は使えまい。その刀はただの棒切れにすぎん!」

 尚武はそう言う間にも、背後で磁気を纏った竜巻を発生させ、街を破壊してゆく。鋼輔を襲うかまいたちが、身体を裂き、溢れる血が血風となって流れていく。

 鋼輔は尚武と剣戟を打ち合っていたが、間合いを取られれば、薙刀による地を割く大技を放たれてしまう。街への被害は甚大だ。尚武は、まさに嵐を体現化した様な災害級の存在だった。鋼輔は考える。

(嵐に挑んで勝つのは無理だ。そもそも従神に挑んで勝つのが目的ではない。従神の隙をついて召喚を解除し4神を消滅させ、日ノ宮を守らなければ――足止めができればいいんだ)

 鋼輔の脳裏に、行方知らずの父・十道の残した言葉が浮かぶ。

『嵐に立ち向かおうとするな、一体化して、風を読め』

 まさに今、嵐を相手にしている鋼輔に向けるかのような言葉だった。

 鋼輔は目を閉じた。暴風の中、音が聞こえる。

 鋼輔はその方角に向かって疾駆した。

「うわああああん、お母さああああん」

今朝、鋼輔の傍に手毬を落とした幼子が、割れた地面に取り残されて泣いていた。鋼輔は幼子を抱きかかえて、姫巫女の廻が結界を張っている住民達のいる区域に突っ込んだ。

「おのれ小僧! この尚武を前にして、くだらん人助けを優先するかぁ――ッ!」

「廻様の強力な結界の中なら安全だ。すぐなんとかするからな。風、結界――!? そうだ!」

 鋼輔は泣きじゃくる幼子に大丈夫だと言い聞かせると、何か思いついたように、後を追ってくる尚武に向かっていった。

「なんだ?」

 鋼輔は学ランのポケットに備えた護符を尚武の周囲に飛ばした。護符は淡い光を放ち、尚武と鋼輔の周囲に陣を張る。

「微弱な結界のようだが。術師でもない小僧が何をするかと思えば、この程度の結界で我を阻めると思うか!」

 尚武が薙刀を放つ。鋼輔は応じるように、真空の刃を放つ技『無拍の太刀』を尚武に向けて無数に放った。

「どこを狙っている? かすりもせんぞ、なに――これは!?」

 尚武の足元に溜まった水や、降りしきる雨が沸騰し、気化していく。尚武の聴覚が何も感じられなくなる。鋼輔に放たれた無数の真空斬撃によって、結界の中は真空状態になっていた。風の化身である尚武が動こうにも、風を起こそうにも、真空の壁に阻まれる。

「ばかな、異能が使えんだと――!?」

 同じ結界の中にいる鋼輔の口元がかすかに動くのが、尚武の目には見えた。

『 お わ り だ 』

 霊力を無効化させる呪いの雨。その雨を気化させ蒸発させる真空の結界の中、鋼輔は倶利伽羅にカルラの蒼い炎を宿した。邪悪なるものを焼き尽くし、清浄なる物をさらに清める、裁きの蒼炎。

「怨敵滅殺 、浄魂追善――!」

 青い炎は龍となって、斬撃とともに尚武を貫いた。

「我が蒼刃、倶利伽羅に、斬れぬものなし――!」

 尚武は真空の結界の中、蒼い炎に包まれ苦悶の声を上げた。



 巨大な不動明王像が仁王立ちする門の前で、御子神と不知火は対峙していた。
不知火は巨大な戦斧を御子神に向けて振るっている。御子神はそれを二刀流の刀で器用にかわし、不知火に応戦している。

「あの巨大な像はなんというのかな? 何のシンボルだ? お前達が信仰するものか?」

 知的好奇心旺盛な不知火が、御子神に問いかける。

「あれはお不動様だ。我々、日ノ宮の巫覡は皆、お不動様の眷属で、龍の力を戴く。お不動様はお前達のようなものを退ける力を持った神仏ぞ。悪鬼の如くお姿で、邪悪を粉砕する」

「はははは! それは面白い! そやつの力で阻んでみせよ! しかしご老体、戦斧と刀では相手にならぬと思っていたが、なかなかどうしてやりおるな――」

 不知火は背後の不動明王像を狙うかのように斬撃や爆炎を放ち、御子神を挑発する。不動明王像が崩れ落ちてゆく。御子神は不愉快といった表情を浮かべている。

 不知火は打ち合いに飽きたのか、炎の柱を周囲に張り巡らせる。陣の中の酸素がみるみるうちに炎に消費され、熱波が御子神を襲う。御子神が片膝をついた。不知火はそれを見てにやりと笑うと、戦斧についた鎖で御子神の脚をとらえた。鎖を引き、戦斧を構える。

「終わりだぞご老体。よくぞ頑張った――」

「不動明王の裁きの蒼炎は、カルラ炎という。試してみるか?」

 脚を鎖に引きずられる前に、御子神は不知火の懐に疾駆した。そして、蒼炎の宿った小太刀を不知火の右目に投擲した。蒼い炎が不知火の眼窩を焼く。激痛に暴れる不知火。

 御子神は不知火の懐に飛び込んで、蒼刃を宿した二刀流の斬撃を叩き込んだ。不知火は暴れ、巨大な戦斧を振り回し、コンクリートの地面を粉砕する。その際、水道管が破裂し、大量の水があたりに流れ、不知火の炎は沈火された。

「御子神、下がっていろ、玄武(げんぶ)!」

 そのとき、背後から陰陽師の明の声が響き、式神である玄武が召喚された。眠そうな目をした少女の式神で、水を操る。明は玄武に水の檻を作らせると、そこに不知火を閉じ込めた。

「おのれ! 出せ!!」

 咆哮し暴れる不知火に、崩れかけた不動明王像が携える鉄剣が落下し、胸を貫く。

「罰当たりなことをするからだ」

 御子神がたしなめるように言った。

「不知火はやられたか。嘆かわしい」

 暴れる不知火の上空で、雷神・来駕が無数の召雷を放つ。雷は街の建物をことごとく破壊し、恐ろしい威力だった。明はそれを見て歯噛みすると、式神を木神の六合(りくごう)に切り替える。樹木を操って、来駕を捕らえようとした。

 来駕はそれを察知し、落雷を明に浴びせたが、六合の操る樹木に遮られた。

「鋼輔も御子神も務めを果たした! お前だけに時間を割いていられないんだよ!」

 明はそういうと、持てる巫力をすべて使って、生き物のようにうねる巨木を形成し、来駕を取り込んだ。強力な樹木の力で押さえ込まれ、この規模の樹木は落雷では割ることが出来ない。

「おのれ、軍機、お前だけでも、この街の民を皆殺しにしろ! テオ様の太陽に捧げるのだ!」

 樹木に取り込まれた来駕が残る機神・軍機に呼びかける。

 軍機が向かったのは、日ノ宮の民に強力な結界を張る、姫巫女・廻の眼前だった。



「わあ、お姫様だあ! もったいないなあ、僕が殺しちゃうの」

 機神・軍機は、背後に大砲を携え、黒い制服を着た少年の姿をしていた。廻は日輪の杖をかざして、日ノ宮の住人を護る結界を貼り続けている。父である日ノ帝・公威は、アマツヒノタツを召喚し、龍化していた軍機に応戦していた。軍機は変化を解くと、一直線に廻の元にやってきた。

「顔色が悪いよお姫様。結界を張り続けるのつらいんじゃないの? 『今』が無限に続くように感じてるんじゃない? もうあきらめちゃいなよ。そうしたら民の命は僕たちが貰っていくからさ」

 廻は軍機を無視して結界の強度を上げた。背後にいる公威も廻の結界に助力する。

「今を感じるのは、八秒間だって知ってる? 八秒をすぎると、時間が過去になっていくんだ。僕の無限八式武装は、『今』を殺戮で支配する兵器召喚。お姫様の『今』を死で満たしてあげるよ!!」

 廻の周囲に無数の兵器が現れ、廻りに向かって一斉に襲い掛かる。結界がきしんだが、廻はなんとか持ちこたえた。杖を掲げる腕が負荷により震えている。

「どこまで我慢できるかなあ〜? ほら、もう一つ増えたよ。頑張れお姫様」

 強力な兵器が無限に複製され、結界を圧迫する。今結界を解けば、民は皆殺されてしまうだろう。軍機は楽しむように、おぞましい兵器を複製し、追加していく。

 廻の手は紫色に変色し、廻の唇から一筋の血が流れる。それを苦渋の表情で見やる
公威。

「廻よ、今から父の持てる力の全てをやる。民を守ってくれ」

「お父様……!?」

 廻の父であり、帝都の王である公威が、背後から廻を支えるように手を置いた。公威の手のひらから暖かい巫力が廻に伝わってくる。

 同時に、公威の体温が徐々に消失していく。廻の背に公威の体重がかかる。公威は背後から廻を抱きすくめるようにして、絶命していた。父の召喚したアマツヒノタツが、黄金の砂になって消えていく。

「そんな、お父様――!!」

 廻の目に大粒の涙が浮かんだ。父は身体が弱い。この選択が父にとっての最善だったのだろう。父の思いに応えるように、歯を食いしばって結界の強度を上げる廻。

「あらら、お父さん死んじゃったの? 君に民を護らせる為に? 泣かせるねえ、全部無駄になっちゃうのにね。お姫様にすべて任せて逝っちゃうなんて、無責任な王様だなあ」

 軍機が意地悪な口調で、なおも兵器を追加していく。

「お、お父様の悪口を言わないで…!!」

「喋れるんじゃんお姫様〜!! 僕とおしゃべりしようよ、その命が尽きるまでさ」

 廻は、結界の外部に密集する兵器をなんとか出来ないものかと考えた。自分の命と引き換えにこの機神・軍機と密集する兵器を撃退できないだろうか。廻は己の命を燃やし尽くして発動する結界の祝詞を唱えた。

 命結界術の効力は数時間続き、発動する瞬間だけ、命の放出でエネルギーが周囲に霧散する。その威力で軍機と兵器を破壊する。あとは、近衛衆の働きを信じるしかない。

 廻は父が繋いでくれた力を、命ごと使い切ることに罪悪感を感じたが、民を守れるなら本望だった。今も、結界の外では、御子神、鋼輔、明が他の従神を引き付けている。廻が相手をする軍機は、廻がなんとかしなければ、皆の足手まといになってしまう。それだけが廻の心残りだった。

「お父さん、弦龍さん、御子神さん、鋼輔君、明君、日ノ宮の皆さん、今まで、私に良くしてくれてありがとう。死んでも皆を守ります。だから貴方にはここで退いてもらいます――! 発動せよ、命結界!」

 廻が祝詞を唱えると、日輪の光が無数の刃となって、周囲を埋め尽くす兵器を破壊し、軍機も光の刃に飲まれていった。

「今です、鋼輔君、弦龍様を――! 日の宮を、お願い!!」

 廻はそういうと光の陣の中で目を閉じた。



 鋼輔は、気絶させた尚武を尻目に、弦龍の乗った神輿車へ走っていた。廻の声を聞き、御子神、明が、他の従神を抑えていたことを知る。倶利伽羅に青刃を纏わせ、神輿車の結界を破った。

「弦龍様、すいません――!! 今日までの日ノ宮への尽力、忘れません」

 鋼輔はそういうと、弦龍の心臓を倶利伽羅で貫く。生前、優秀な陰陽師として日ノ宮を守ってきた弦龍は、静かに倒れた。

 従神たちの召喚が解け、あの悪夢のような四神は消滅した。あとには荒廃した街だけが残される。廻の命で張った結界はまだ生きている。日ノ宮の民は無事だったが、皆悲しそうな目をしていた。

「公威様……廻様……」

 日の帝・公威と折り重なるように、立ったまま結界の御供となった廻をみやり、鋼輔はやりきれない思いでいっぱいになった。二人は民を守ることを最優先に命を落としてしまった。王と姫の責務を果たした姿に、鋼輔は目頭が熱くなる。

 廻と明とは幼馴染として、身分の差はあれど親しく付き合ってきた。鋼輔は喪失感に立ち尽くしていた。背後に立つ明や、御子神も同じ思いだろう。

 しかし次の瞬間、事切れていた弦龍の周囲に、巨大な陣が展開され、弦龍の四肢が一瞬で血の塊になり消失した。

『我ガ贄トナレ、スベテヲノミコメ、呪ワレシ太陽ヨ……』

 不快な声と、地響きが鳴り響き、魔方陣が閃光を発する。

「まさか……従神の召喚解除を目的とした弦龍様の死で、陣が発動するように仕組まれていたのか!? 弦龍様の遺体を生贄として――」

 鋼輔が気づいたときにはもう遅かった。陣の持つ巫力は、術師ではない鋼輔から見ても、手に負えないほどのものだと瞬時に識別できた。まるで異界からなにか強大なエネルギーが流れ込むような――。

 巨大な閃光で、日ノ宮は白色に包まれた。
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